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リモートワーク、コロナアプリ……「デジタル革命」で日本は甦る|中西宏明・経団連会長

トラブル続きのテレビ会議、上手くいかないオンライン申請……コロナで進んだ「デジタル化」は、政府が1番遅れている。これがラストチャンスだ。安倍政権よ、もっと本気を出せ!/文・中西宏明(経団連会長)

経営より家事が性に合う

昨年の5月にリンパ腫だと診断され、抗がん剤治療を続けていました。今では寛解しましたが、検査のため月に2回は病院に通う日々です。担当の先生とはもう長い付き合いになるので、ざっくばらんに世間話が出来るようになりました。新型コロナは高齢者や基礎疾患者がかかると致死率が高くなると言いますから、飛沫感染には注意するようにと言われています。

私は幸いにして車を使わせてもらっているので、電車に乗ることは避けられています。また、大手町の経団連会館と東京駅前の日立製作所の本社を行ったり来たりしているものの、この数カ月は在宅勤務が進んでいることもあり、オフィスは閑散としていました。根が楽観的ということもありますが、マスクや手洗いなど当たり前のことは守りつつ、神経質に感染予防をやったということはありません。

「ステイホーム」生活も、自分なりに楽しく過ごしています。会食はこの2カ月間はなし。そろそろ一杯やりたいなという気持ちもありますが、家で家事をするほうが性に合っているんですね。私は自分で食事を作るんですよ。何を作るかって? 何でも作れますよ(笑)。横浜に自宅があるんですが、庭の手入れも大好きで、チューリップを植えたり、バラの剪定をしたりしていました。若い頃から頭で考えるより先に体がパッと動いちゃうタチで、掃除も洗濯も、家内より私の方が先にサササッと終わらせてしまうんです。「俺は会社の経営なんて複雑なことをやっているより、家事をやっているほうがずっと簡単でいいんだ」なんて言ったりして、「そういうことは言っちゃいけません」と周りから注意されたりしますけどね(笑)。

カンバン_昨年11月取材(リンパ腫治療後で髪が短い)中西会長 MK6_3229 (1)

中西氏

政府とのテレビ会議で何度もトラブル

とはいえ、経団連会館に顔を出す回数は、コロナ前よりもむしろ増えているという状況です。経済対策などについて政府関係者と意見交換を行う必要がありますからね。特に忙しい時は1日に4回も会議をやったことがありました。もちろん「3密」は避けなければなりませんから、首相官邸や霞が関に直接うかがうわけではなく、画面を通してのビデオカンファレンス(テレビ会議)です。

驚いたのは、必要な設備や環境がガラリと変わっていたことです。私は仕事柄かなり早い時期からテレビ会議をする機会がありましたが、当時はかなり特殊な回線を用いないと通信が出来ず、コストも非常にかかるものでした。それが今では、お手軽、低コストになった。費用なんて考える必要ないですものね。アメリカ発のオンライン会議システム「Zoom」が一気に知名度を上げましたが、あれはパソコンさえあれば誰でも会議ができる。そういう意味では、テレビ会議を取り巻く状況は大きく変化したと思います。

にもかかわらず、政府とのテレビ会議は順調とは言えませんでした。通信のトラブルは何度も経験しましたね。向こうの声がちゃんとこちらに届かなかったり、マイクのトラブルで「キーン」と不快な音がしたり、ミュート(自分のマイクをオフにする機能)にし損ねた人がいて音声がハウリングしたり……担当の方たちが機器を全く使いこなせていないのがわかりました。

これまでは霞が関に来てもらえば、それで済んでいたのですから、テレビ会議をする機会なんて全くなかったのでしょう。国の役人は本来、業務のデジタル化について主導していく立場です。その役人が新しい技術を日常の業務に取り入れたり、実際に使ってみるという努力をしていない。この事実には大変驚きました。

政府の新型コロナウイルス対策においても、同じような違和感を覚える例が相次いで見られました。

例えば、1人10万円の特別定額給付金のオンライン申請。あのシステムは使う側に立って作られていない。何度も失敗したという人の声をよく聞きますよ。ほとんどの国民が使うのに、あんなシステムを作っているようでは話になりません。あのシステムの設計者は、「誰にも怒られないように作る」という発想だから、あんなものを作ってしまう。確定申告のITシステムもそう。ほとんどの人は最後までできません。慣れている税理士が使えればいいという発想なのです。

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安倍首相

安倍晋三総理が、ウイルス感染拡大防止策として「接触確認アプリ」を6月中旬をめどに導入することを発表しました。これは、利用者の近距離無線通信「ブルートゥース」を使い、陽性診断の確定者と濃厚接触した可能性が高い場合に自動通知をおこなうというものです。

このアプリも誰もが使うものですから、何より使いやすく、使う人の心理的なハードルの低いものにしないといけません。日本人はプライバシーについて敏感なので、その部分の不安を残したままでは利用者はなかなか増えないことは目に見えています。この不安を解消し、アプリを役立つものにしていくためには、政府が国民に向かってきちんとプライバシー保護に関して説明しないといけません。「個人情報は絶対に目的以外で使用しないので、どうぞアプリを使ってください」と強くお願いするべきなのに、マスコミからの追及を気にしているのか、政府の腰が引けている気がしてなりません。アプリをみんなに使ってもらおうという積極的な姿勢が感じられないのです。

要するに、日本の役所の問題は、新しいシステムを導入さえすればいいと思っている点です。そのデジタル技術を導入した後に、国民が安心して、手軽に簡単にそのシステムを利用できるか――というところにまでは想像力が及んでいない。国民の生活や働き方をよりよいものにしようという意識が感じられないのです。そういう点に、政府のデジタル面での遅れを感じました。

いつも「おっしゃる通り」で終わり

多くの人は「デジタル化」という言葉について、今ある技術を置き換えること、新しいデジタルシステムを導入すること、と考えがちです。そもそも「デジタル化」という言葉は10年、20年前から使われ始めましたが、「こうしたら簡単に帳票を出せますよ」、「作業の時間を短縮できますよ」というように、「合理化のためのツール」として捉えている人が多い。政府の場合も、ただ新しい技術を導入さえすればデジタル化が進むと思っている節がある。でも、いまはもうそんな時代ではありません。本当に目指すべきは、デジタルを仕事や生活の中に溶け込ませて、日常的に使いこなせるようにするということなのです。

まずは政府自体がデジタルを積極的に取り入れ、組織や仕事のやり方まで変える覚悟を持つ必要があります。そのためには各省庁の情報を集約する「プラットフォーム(基盤)」を整備することが不可欠だと考え、私は前々から政府にずっと訴えてきたのですが、いつも「おっしゃる通りですな」で終わりでした(笑)。なかなか動き出せないというか、そもそも、どうやって動けばいいのかが分からないようにも見えます。

こんなに厳しく批判していいのか分かりませんが(笑)、この際言ってしまうと、大きな原因は組織構造にあるのでしょう。これまで日立でも何度か政府関連のシステム作りの仕事をさせていただきましたが、各省庁がそれぞれ独立しているために横の連携が全くとれず、上手くいかないことが多かったのです。同じ省でも局が違うと、途端に別対応になってしまう。各省庁、各局が既存の構造を維持しようとするから、全組織にまたがるプラットフォームを作ろうという意識など生まれようもないのです。これでは、デジタル化は組織に行き渡りません。私自身、そんな「縦割り行政」の現実に何度も直面し、もったいないなと思ってきました。

私は生粋の“コンピューター屋”だから

経団連が5月19日に公表した提言「デジタルトランスフォーメーション(DX)」には、デジタルを活用して企業に変化を促す方策を盛り込んでいます。DXとは、デジタル技術とデータの活用が進むことによって、社会・産業・生活のあり方を根本から変えることを意味しています。単純なデジタル技術への置き換えではないという点が大事なところです。産業・組織・個人が大きく変わる覚悟が求められます。

使用_DX宣言 表紙

中西会長肝煎りの提言「DX」

例えば、今回のコロナで一気に進んだリモートワークにともなうデジタル化も、デジタルトランスフォーメーションの良い例です。テレビ会議などのシステムを活用することで、通勤の必要がなくなり、社内の会議も減り、人々の働き方、動き方が大きく変わりました。

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