李王家の縁談

新連載小説「李王家の縁談」#3 |林真理子

【前号まで】
韓国併合から六年経った大正五年(一九一六)。佐賀藩主の鍋島家から嫁いだ梨本宮伊都子妃には、方子という娘がいた。伊都子妃は、迪宮(後の昭和天皇)の妃候補として、久邇宮邦彦王の第一女子で方子の従妹にあたる、良子女王の名前が挙がっていると知る。そこで伊都子は、韓国併合後に皇室に準ずる待遇を受けていた李王家の王世子・李垠に方子を嫁がせることを考え、宗秩寮の役人、そして波多野敬直宮内大臣と面会した。

★前回の話を読む。

 このところ梨本宮伊都子妃(なしもとのみやいつこひ)の心は晴れない。
 なぜなら長女方子(まさこ)と、朝鮮王朝王世子李垠(おうせいしイウン)との縁談が、朝鮮総督寺内正毅(てらうちまさたけ)のもとで滞っているからだ。

 波多野敬直宮内大臣は、たまたま上京中の寺内にことの次第を話したはずなのだが、それから進展がないのである。

「朝鮮の状況を見てからでないと、すぐに答えるのはむずかしい。ことは慎重にした方がいいだろう」

 と、寺内は波多野に告げたらしい。

 伊都子は昔から寺内という男が嫌いであった。朝鮮との併合がなった時に、

「小早川、加藤、小西が世にあらば、今宵の月をいかに見るらむ」

 と詠んだのはあまりにも有名だ。言うまでもなく、豊臣時代、朝鮮に派遣された武将たちである。ひとつの国を任された男が、これほど傲慢な態度をとってよいものであろうか。実家鍋島の祖先の名が入っていないのが、伊都子は気にいらないが、幸いな気もしてくる。

 寺内は長州の出である。維新から半世紀がたとうとしているのに、未だに男たちはしっかりと手を結び合っている。

 長州閥の長老の一人であった伊藤博文は非業の死を遂げたが、山縣有朋は未だに健在である。それどころか、力は衰えることなく元老という不思議な存在となり、政治を裏からさまざまに操っているのだ。

 その山縣の忠実な後輩として、寺内は陸軍大臣、朝鮮総督と出世の階段をかけ上がってきたのである。彼は近頃大人気のアメリカ産の「ビリケン人形」にそっくりと言われ、陰で「ビリケン」と呼ばれていることを、皇族妃の伊都子が知るよしもない。しかし何とはなしに、「気に入らぬ男」として記憶にとどめていた。

 そもそも長州だけではなく、薩摩の男たちのもたれ合いも、伊都子には嫌らしくうつる。

 よく鹿児島出身の男たちは、“薩摩の芋づる”と揶揄されるが、長州のそれはさらに複雑で陰に籠もっていると伊都子は思う。大隈重信という大物を出しているものの、絆が淡白な佐賀の男たちとはえらい違いだ。

 長州というツタは日本という大木にからみつき、もうひとつふたつ、這ってこようとする他種の植物を巧妙にはらいのけようとしているところがある。

「これは私の考えですが……」

 波多野は遠慮がちに口をひらいた。

「寺内閣下は山縣公の意を汲んでいるかと思われます。山縣公は、まだ方子女王に自由なお立場でいていただきたいと思っているのではありますまいか」

「はて、自由な立場とは何でしょうか」

「それは、まだ皇太子妃の候補のお一人であっていただきたいのです」

 波多野は語る。宮中では久邇宮良子(くにのみやながこ)女王が皇太子妃に内定したようなことを言うけれども、それは久邇宮が流している噂ではないか。

「それが証拠に、まだ勅許が下っていません」

 良子女王は方子よりもふたつ下であるから、今年満で十三歳になる。皇族は早婚が常であったし、早々とお妃教育をする必要もあった。すぐに学習院女学部を中退し、特別につくられた御学問所に入る。

 しかし久邇宮家の方にまだ動きがない。

「山縣公が久邇宮家との御縁をあまりよく思っていない、という噂でございます」

 山縣有朋は今も皇室に対し強い発言力があった。

「良子女王の母君は、薩摩の出身でいらっしゃいます。山縣公はこれ以上、薩摩の力を大きくしたくないのだと申す者もおります」

「それはおかしなことですね」

 伊都子は苦笑いした。

「大正も五年になって、今さら薩摩、長州もないでしょうに」

「長州の者たちは、我ら鍋島とは違います」

 波多野は鍋島支藩小城(おぎ)藩の出身である。

「私はよく憶えております。妃殿下の御妹御、信子さまのご縁談がお決まりになった時のことでございます。松平恒雄さまは、賊藩と言われた会津・松平容保公の六男でいらっしゃいます。分家をされたので華族の列にも連なっておられません。しかし侯爵はこうおっしゃったのです。恒雄殿は東京帝大法科大学を首席でご卒業になり、外務省も首席で入った方だ。新しい時代を担う若者に、娘を一人やるのもいいだろうと。私は、鍋島の旧臣として、これほど御立派な殿さまがいらっしゃるだろうかと、ただただ頭を垂れるばかりでございました。仲間うちの栄達に汲々(きゆうきゆう)とする薩長とはまるで違うのです」

 そうであったと伊都子は思い出す。妹の結婚の時に、父はこう言ったのだ。

「長女は乞われて皇族に嫁がせたが、妹は私の好きにさせてくれ。賊軍の平民にやるのも面白いではないか」

 外交官出身の父は、官軍・賊軍というものは単に時勢によって分けられたと考えているのではないか。

「山縣公は、方子を皇太子妃にとお考えなのでしょうか」

「私にはわかりかねます。皇太子妃をお決めになるのは、言うまでもなく両陛下でいらっしゃいます。しかし山縣公のご意見が力を持つのは確かでしょう。山縣公は少しでも多く可能性を残しておきたいのではないかと」

 伊都子は次第に不快になっていった。山縣は良子の父久邇宮邦彦(くにし)王のことを好まず、少しでも“駒”を多く持っていたいということらしい。しかし伊都子は娘を“駒”にする気はまるでなかった。自分が娘を朝鮮の王世子に嫁がせたいと考えたのは、ひとつにこうした政争や、薩長のいやらしさから遠ざけたいという気持ちがあったからだ。

「波多野大臣」

 伊都子は威厳を持って告げた。

「今回のことが、このように進展しないのはまことに困ります。わが梨本宮家に対して失礼とは思わないのでしょうか。寺内総督は、山縣公への配慮と、わが家の希望をかなえること、どちらが大切なのか、大臣からも聞いてもらいたいものです」

「まことに失礼いたしました。確かにそのとおりでございます」

 波多野はあわてて椅子から立ち上がり、深く頭を下げた。その薄くなったてっぺんをちらっと見ながら、はるか昔、波多野が鍋島家に正月の挨拶に来て、ただただ平伏していたことを思い出した。何年たとうとも、藩主とその家来という関係は変わらないのだ。

「大臣、寺内総督にこう申し上げてください。そろそろ腰を上げてくださらなければ、私どもも大きな決心をした甲斐がありません。そして日本と朝鮮との縁を逃してしまうかもしれません。そのことをよく考えてくださいとね」

 波多野と会った後、伊都子はそろそろ自分も行動に移さなければいけない時がやってきたと決心した。本来ならばこの役目は、父親である守正(もりまさ)王がしなければいけないが、このところ旅団長としての公務で宇都宮に詰めている。もし東京にいたとしても、娘を説得するなどということは、王にとっていちばん不得手だったに違いない。王は娘二人に言いきかせる、大きな歴史観や哲学というものを持っていないのだ。それが維新を大名の嫡子として生き外交官となった、自分の父鍋島直大(なおひろ)と大いに異なるところだった。

 伊都子は居間の長椅子に腰をおろした。すぐ近くからピアノの音が聞こえてくる。ピアノは方子のために、ドイツから輸入したものだ。学習院の同級生の中でも、持っているものは何人もいないという。

 ピアノの音がやんだのは、女中に部屋に来るように言われたからだ。しばらくしてドアが開いた。

「おたあさま、お呼びですか」

「まあさん、いつも言っているでしょう。部屋に入る時はノックをしなくてはいけないと」

「はい、申し訳ありません」

 方子は軽く頭を下げた。かつての学習院院長乃木希典が、貴族の女子の服装にもうるさく言い、制服は銘仙であったが、家に帰ってからは、やわらかい縮緬に着替えている。春らしいひわ色は方子によく似合っている。

 それにしても、もう少し娘の器量がよかったらと伊都子は思わずにはいられない。もちろん他の娘たちに比べれば、整った綺麗な顔立ちをしている。が、「おさびし気な」という表現をよくされるほど、目鼻のつくりが小さくぼんやりと見えるのだ。不器量でも娘らしい華やかさや魅力を持つ娘はいくらでもいる。皇族の女王にそんなものはいらないといわれれば確かにそのとおりであるが、何か人の心に深く残るものはほしい。

 今さら比べるのもせんないが、伊都子は久邇宮良子の姿を思い出す。高貴な家の娘らしく、ちまちまと小さな目鼻立ちだが、素晴らしいバランスを持って人形のような美しさをつくり出しているのである。幼ない時から顔を見知っているであろう皇太子殿下が、

「良子でよい」

 とおもらしになったというのも、あながち嘘ではないだろう。

「私が行儀について口やかましく言うのも、もうまあさんが子どもではないからですよ。私が宮さんとの婚約が決まったのは、あなたよりひとつ下でした」

 方子は頷く。今年十五歳になる顎の線はまだ幼なく、ゆったりとした丸味を持っていた。

「あの時私は鍋島という華族の娘でしたが、まあさんは違う。皇族という特別な立場なのですよ。だから私とは、責任の重みがまるで違うのです」

 今度は頷く角度が小さくなった。

「まあさんは、朝鮮の王世子李垠殿下を存じ上げているでしょう」

「朝鮮の方でいらっしゃいますね」

 若い娘がよくする、そっけない言い方である。

「宮中で新年の儀の時など、遠くからお見かけしたことはありますが、お顔もはっきりとは……」

 憶えていないと、伊都子は最後まで言わせなかった。

「その王世子のところに、まあさんをいかがという話があるのですよ」

「私がですか」

「そうですよ。李垠殿下はご立派な方だし、年頃もちょうど合います。私はとてもいいお話だと思うのですが」

 方子は小首をかしげる。言っていることがまるで理解出来ないという風に。

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