_文在寅

悪いのは韓国人ではない文在寅大統領だ

文・武藤正敏(元・駐韓特命全権大使)

 2019年は、日韓関係は言うに及ばず、韓国の政界、あるいは社会そのものが再び揺れ動く1年となった。

 2017年5月、朴槿恵政権を倒したいわゆる「ロウソクデモ」の熱量をそのまま引き継ぎ、「民主主義の勝利」を掲げて誕生した文在寅政権は、当初84%(韓国ギャラップ)という驚異的支持を受けた。しかし、広く国民に寄り添うそぶりを見せながら、経済でも、外交・安全保障でもことごとく政策的失敗を繰り返し、もはや八方ふさがりの体を示している。その上、自らを「正義」と考え、失政を省みるどころか取り繕い、かえって自己正当化と反対勢力への攻撃を強める独善性の強い政権であることが、内外の人々の目にはっきり見えてきた。

 筆者は、就任に至るまでの文在寅大統領自身の歩みや言動、そして師と仰ぐ故・盧武鉉元大統領当時の施策をもとに、この政権が抱えるリスクを当初から指摘していた。しかし、現実は拙論を超えていた。もはや民主主義の制度を用いてかえって反民主主義的状況を作り出す「独裁政権」と呼ばざるを得ない状況へと至りつつある。

 韓国にも、「文在寅大統領を見誤ったのか、文大統領が変わったのか」という議論がある。どちらにせよ、韓国にとっては極めてまずい状況になっていることは間違いない。日本人は今韓国に失望し怒っているが、むしろ韓国人が文大統領に怒らなければならないのではないか。

 本稿では、出口の見えなくなった日韓関係を中心に2019年を振り返りながら、今後を見通すヒントを考えたい。

文在寅政権の最大の「罪」

 文政権の特徴は、「現実無視」「二枚舌と言行不一致」「無謬性と言い訳」「国益無視」「無為無策」の5点に集約できる。文政権以降の日韓関係を考え直してみれば、理解はそう難しくないだろう。

 日韓関係における文在寅政権の最大の「罪」は、1965年の日韓基本条約・日韓請求権協定で始まった日韓関係の根本を破壊、覆そうとしていることだ。

 2018年10月、韓国大法院(最高裁)は、戦前戦中の日本統治が「反人道的な不法行為」だったという理由に基づいて、いわゆる「徴用工」であったと主張する原告たちに、日本企業の「不法行為に対する損害賠償」を認めた。

 この判決は日韓関係の根本を破壊した。それはなぜか――。

 日本統治が「不法行為」か否かは、日韓基本条約を結ぶ際、両国の意見が折り合わず、最終的に併合以前に結ばれたすべての条約及び協定を「もはや無効であることが確認される」(第2条)とした。どこから無効なのかはあいまいにし、合意を優先したのである。当時この点をあいまいにしたことが、今日の事態を招いた原因となったことは反省しなければならないが、これまで約50年間、この合意は尊重されてきた。にもかかわらず、これを覆した判決を放置している文大統領こそが、日韓関係の破壊を決定的にしたことに疑いの余地はない。

 請求権協定では、日本から経済協力として合計5億ドル(無償3億ドル+有償2億ドル)を供与し、民間からも3億ドル以上の経済支援と技術協力が行われ、韓国の高度成長を支えた。日本政府は当時韓国人個人への補償も検討したが、朴正熙政権は政府間での一括解決を求めた。

 この結果、両国の請求権に関する問題は「完全かつ最終的に解決」されたのである。

 大法院の確定判決は、基本条約の「もはや無効」を蒸し返し、「不法行為」論を改めて持ち出すことで、「不法」が前提となっていない請求権協定では解決されていない損害賠償請求権が存在するという構造になっている。そして、国際法違反を主張し対応を求める日本政府に対して、文大統領は自ら、韓国は三権分立であるから「判決に韓国政府は関与できない」、「(徴用工問題は)韓国政府が作り出した問題ではない」、「日本は不満があろうと韓国の司法判断を尊重しなければならず、やむを得ないという認識を持たなければならない」(19年1月10日新年記者会見)という、放置、不関与を正当化する認識を示したのだ。

GSOMIA破棄という暴挙

 だが、そもそも文大統領が秘書室長を務めていた盧武鉉政権においても、日本側に個人補償を求めることはできず、韓国政府、あるいは請求権協定の恩恵を受けた韓国企業によってなされるべきだと認めていたのである。

 日本政府は請求権協定に基づく「協議」を要請したものの韓国からは返答がなく、19年5月の「仲裁付託」通告にも無反応だった。そして、6月のG20大阪サミットを前に請求権協定にそぐわない「基金案」を一方的に提案しただけであった。

 日本政府はG20会合後、半導体やディスプレイパネル製造に不可欠の戦略物資3品目について輸出管理を包括的な許可から個別許可に切り替えると発表、8月には韓国を、輸出優遇措置を適用する「ホワイト国」(グループA)から除外した。前者は取り扱いに「不適切な事案」があったため、後者は輸出管理に関する協議に韓国側が約3年間応じていないことが理由である。

 文在寅政権はこれを「経済報復」ととらえ、支持勢力に「不買運動」「訪日自粛」を促し、反日デモを激化させ国内世論を高揚させるとともに、WTOに訴え、米国をはじめとする各国へのロビー活動を開始した。それでも日本側が全く動じないと見るや、ついに同22日、日本とのGSOMIA(軍事情報包括保護協定)の破棄を決定した。その理由は、「日本が光復節のメッセージを無視したからだ」という。

 韓国の安全保障を理性的に考えれば、GSOMIAを破棄することなどあり得ない。その点を米国も繰り返し念押ししていたのだが、文政権は破棄を宣言して米国に「失望と懸念」をもたらし、日韓対立を米韓対立に拡大させたのである。

 しかし、韓国が何をしようと日本は、1965年の合意を揺るがし、戦後の日韓関係を破壊する妥協は、いかなる形でも行わないだろう。

 韓国はそれを理解していない。仮に、文在寅政権の強硬姿勢の背景に「(反日が)来年の総選挙に有利」(与党の研究機関)との見方があるとすれば、それは国益を無視する姿勢と言わざるを得ない。

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