分断と対立の時代の政治入門

日本の政治家はなぜ「経済思想」を持たないのか|三浦瑠麗

★前回の話はこちら。
※本連載は第15回です。最初から読む方はこちら。

 本連載では、これまで保守と革新の対立を入り口に、さまざまな価値観の分断あるいは収斂の状況を探ってきました。

 グローバリゼーションの結果として、先進国では楽観主義の逆転現象がみられます。成長を支持し合理主義的アプローチをとる革新勢力の居場所がだんだんと少なくなり、悲観的で大衆動員型の革新勢力に道を譲るようになってしまいました。「格差」が大きな政治的争点となり、将来における収入増と社会的上昇の期待を持てなくなった労働者が、反資本主義的感情を代弁してくれる政治勢力を支援するようになったからです。

 しかし、この左派ポピュリズムのなかには厳然と先進国・途上国間の差別を維持するという欺瞞が潜んでいます。国内の分配を強化するだけでなくて、やはり先進国の中産階級の優位性を維持したいという気持ちが、この運動の主要な原動力でもあるのです。

 左派ポピュリズム的気分に国全体が飲み込まれるとは限りません。見逃せない反動がシーソーのもう一方の側に生じるからです。大衆動員型の左派の台頭に警戒心を強める人びとが中産階級の中に生じると、右派ポピュリズムが台頭する傾向にあります。移民排斥を訴えたり、国のメンバーシップの線引きをし直そうとしたりする動機が生じるのです。現に、フランスでは格差の拡大につれて急進左派が支持を集めるようになりましたが、ガソリン代高騰に抗議するイエロー・ベスト・デモ(ジレ・ジョーヌ運動)が起こったときに行われた世論調査では、デモ支持者の極右政党支持率が高かったことが観察されています。

 西側の先進国で急進右派が政権を取ると何が起きるのかは定かではありません。しかし、ハンガリーのオルバーン政権が進めている政策のような排外主義的態度、あるいは自由主義の逆行が起こるであろうことは想像に難くありません。そして、急進右派が政権を取らずとも現実に起こっていることがあります。中道保守であった主要政党がだんだんと右傾化したり、ポピュリズム手法を取り入れるようになる。急進右派に政権を明け渡さないために、彼ら自身が右に引きずられていくという構図です。

 英国を見る限りは、EU離脱の旗振り役をしたUKIPはジョンソン政権の誕生に一役買ったと言えそうですし、米国における民主党の左傾化は、移民排斥的で伝統回帰しようとするトランプ政権を生み出したと考えることができます。

 日本はこうした左傾化と右傾化の同時進行のようなシンクロ現象には見舞われずに済んでいます。その理由はこれまで見てきた通り、憲法と日米同盟という二つの論点がこの国の左右対立を規定しているからです。仮に憲法改正が実現し、米国の撤退傾向に伴う日米関係の変質によって、日本の自主防衛と同盟強化が矛盾なく相互補完的に成立して定着したとしましょう。その暁には、経済的な対立軸が主要な左右対立となる可能性はあるし、社会政策における対立軸が生み出される可能性もあります。ただし、それが近い将来に起こるとはいいがたい。言ってみれば、日本の経済×社会政策のイデオロギー分布はバランスが良すぎるのです。

 このように、イデオロギーや価値観を十分に自覚せぬまま憲法と同盟をめぐって左右がいがみ合ってきた結果、日本には経済思想の欠如という副作用が生まれました。かつて、私は民主党(当時)の代表選を評して、どの候補にも成長戦略が見えないと書いたことがあります。最近では人への投資を通じた成長という概念を打ち出す人が革新系の政党に増えましたが、それは「成長」というパッケージが重要であることを認識したからであって、やはり統一的な経済政策が存在するとは思っていません。

 なぜ統一的な経済政策が存在しないかというと、それは日本の政治家の多くが経済思想を持たないからです。上では野党のことだけ書きましたが、本当は自民党こそが統一的な経済思想をもたない政党の代表格です。

 各国でも、多くの政治家は経済学者でもなければ、フォーチュン500の企業を経営した経験もありません。しかし、米国の大統領選を見れば、整合性の取れた経済政策を可能にする経済思想を持っている候補ばかりです。

 米大統領選の主要候補の誰に、金利を上げるべきか、下げるべきかを聞いても、財政再建に対する態度、具体的な成長戦略を聞いても、きちんとした答えが返ってきます。それが「間違っている」ことはあったとしても、下を向いて黙ってしまったり話題をそらして答えないなどという対応をしたりすることはありません。まさにこここそが実力の見せ所だからです。

 経済思想が重要である国と、そうでない国の違いは何でしょうか。国民受けするキャッチフレーズだけでなくもっともらしい経済思想を持っていないと選挙に勝てないか、それでも勝てるかの違いです。素人だけでなくプロの判断が介在し、明確に討論会で相手候補に議論で「負けた」という印象が作られるかどうか。まともな経済思想を打ち出せないと勝てないのであれば、政策を作るためのリソースが注がれ、政治家個人も血のにじむような努力をするわけです。それでも、例えば現職だったオバマ大統領とロムニー共和党大統領候補の討論がそうだったように、「誤魔化し」が通ってしまうことは多々あります。ただ、論点のすり替えや、自分に不利な点を都合よく無視した数字で議論をすることへの批判以前の問題として、日本の政党にはほとんど一貫した経済思想は窺われないのです。

 次回は、日本の政党における経済思想の欠如について、掘り下げてみることにしたいと思います。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
※本連載は、毎週月曜日に配信します。


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