見出し画像

膵がん「尾道方式で5年生存率が倍以上に」 花田敬士

文・花田敬士(JA尾道総合病院副院長・内視鏡センター長)

花田敬士氏

膵ガンは自覚症状が出にくい

医学の進歩を背景として、多くのがん種の「5年生存率」が60%を超えてきているなか、膵がんの生存率は唯一、一桁台で低迷を続けています。「見つかった時はもう手遅れ」と言われるほどで、私も医師として、その恐ろしさをたびたび実感してきました。

膵がんが発生するメカニズムが明確になったのは、2000年以降のことです。膵臓でつくられた膵液を十二指腸に送る管を膵管といい、膵管が集まって本流となった管を主膵管といいます。膵がんは最初、この膵管か主膵管の上皮に発生しますが、その際に膵管が微妙な“歪み”を見せることが分かったのです。この膵管の上皮内だけにがんが留まっている状態のことを、「0期」や「超早期」と呼びます。

膵がんから助かるには、早期発見が肝要です。正確に言えば、「1A期(がんが膵臓の中に留まっていて、最大径が20ミリ以下)」の段階で発見し、腫瘍を手術で切除すれば、長期生存の可能性も大きくなります。

ただ、膵がんの早期発見は簡単なことではありません。自覚症状が出にくく、なかなか気づかない。症状が出る頃には病気がかなりの段階まで進行してしまっています。

検査の危険性も、早期発見を難しくしている要因の一つでした。がんが腫瘤(かたまり)を作る前の膵がんの確定診断には、ERCP(内視鏡的逆行性胆管膵管造影)と呼ばれる検査が必要になります。

ERCPとは、口から入れた内視鏡の先端から伸びるチューブを、十二指腸乳頭部から挿入して造影剤を注入し、レントゲン撮影によって診断するものです。このチューブの挿入が急性膵炎などの合併症を招くリスクがあり、まれに重症化して命にかかわることもあるのです。しかも、検査をしてみると膵がんではないケースも多い。患者や医師からすれば、膵がんかもしれないというだけでリスクのある検査に挑むのは、心理的なハードルが高いのです。

考えあぐねていた私が賭けに出たのが、2007年から開始した「尾道方式」でした。

©iStock

開業医と基幹病院の連携

時を遡って1997年。私はそれまで勤務していた広島大学病院から、郷里の尾道にあるJA尾道総合病院に転籍します。当時16万人が居住するこの都市で、全国に先駆けた膵がん早期発見への取り組みができないかと考えました。

ちょうどその頃、EUS(超音波内視鏡検査)という、身体的ダメージが少ない検査装置が病院に導入された。EUSは胃や十二指腸の中から、壁越しに膵臓を撮影するので、腹部超音波よりもはるかに鮮明な画像が得られます。いきなりERCPではなく、まずはEUSを受けてもらうことで、患者さんの負担を軽減しようと考えたのです。

膵がんの疑いがある患者さんを洗い出すには、彼らと密に接している開業医の協力が不可欠です。そこで私はことあるごとに市の医師会の会合に顔を出し、「膵臓に異変のある患者さんを送ってほしい」と、地域ぐるみの取り組みを訴えました。

初めのうちは皆さん、ピンときていないようでしたが、草の根的に辻説法を続けるうちに理解が進んできた。最終的には当時の尾道市医師会長・片山壽先生の「やろう!」の一言で動き出しました。

開業医と基幹病院の連携作業が確立し、プロジェクトが動き出したのは2007年のこと。尾道市医師会の取り組みとして「膵癌早期診断プロジェクト(尾道方式)」という名称が与えられました。

「尾道方式」の流れはこうです。診療所に通院する患者に、膵がんの危険因子(家族歴、遺伝性膵がん症候群、糖尿病、慢性膵炎、膵嚢胞、喫煙、大量飲酒など)を持つ人がいたら、まず血液検査と腹部超音波検査を受けることを勧めてもらいます。患者さんに症状はなくても、大なり小なり異常が見つかれば、精密検査の出来る基幹病院(尾道市内では2施設)に患者を送ってもらう。

基幹病院では、患者さんにCT、MRIに加えて、状況によりEUSを受けてもらいます。そうして最終的にがんと診断されたら、速やかに治療に移行することになります。

プロジェクト開始から2017年までの10年間で、「膵がんの疑いあり」として病院に紹介された人の数は1万2307人。そのうち膵がんが見つかったのは555人。その中には0期が24人、1期が27人含まれています。2007年からの10年間で、JA尾道総合病院での膵がん患者の5年生存率は18〜21%と、全国平均を大きく上回る成績を上げられました。

ここまでは「文藝春秋」2019年10月号でも取り上げてもらい、多くの反響をいただきました。それから3年がたった今、「尾道方式のその後」について、ご紹介させていただきます。

ここから先は

1,748字
noteで展開する「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。同じ記事は、新サービス「文藝春秋 電子版」でお読みいただけます。新規登録なら「月あたり450円」から。詳しくはこちら→ https://bunshun.jp/bungeishunju

文藝春秋digital

¥900 / 月

月刊誌『文藝春秋』の特集記事を中心に配信。月額900円。(「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了します。今後は、新規登録なら「…

「文藝春秋digital」は2023年5月末に終了しました。今後は「文藝春秋 電子版」https://bunshun.jp/bungeishunju をご利用ください