見出し画像

地球温暖化最前線 北極域の海氷がなくなる日

文・菊地隆(北極環境変動総合研究センター長)

 北極域は地球温暖化が最も顕著に現れる地域と言えます。産業革命以前と比べて現在の地球の平均気温が既に約1℃上昇していると言われる中で、北極域の気温は3℃近く上昇しています。将来予測の結果からも、例えば地球の平均気温が2100年までに4〜5℃上昇するシナリオ(現在の社会状況が続くと想定したシナリオ)において、北極域の温暖化が最も深刻であり9〜11℃も上昇することが予測されています。まさに「地球温暖化最前線」と言える場所なのです。

 北極域の温暖化が地球全体の温暖化に比べて2〜3倍の速さで進行することを、北極温暖化増幅と言います。これと密接に関係している現象が、北極海の海氷減少です。北極海は、ユーラシア大陸とアメリカ大陸、カナダ多島海、そしてグリーンランドに囲まれた海です。この北極海を、海氷がまるで陸地のように覆っていました。太陽の光が全く当たらなくなる秋季から冬季にかけて、大気からの冷却によって海氷は成長します。太陽の光が当たる夏季には主に表面から海氷は溶けていきますが、それでも溶けきることはなく、これまでは北極海の多くの海域を通年で覆っていました。

 この海氷が地球温暖化の影響により急速に減少しています。季節的に最も小さくなる9月の海氷面積の経年変化を紹介します。夏季でも広く北極海を覆っていた20世紀後半の9月の北極海の海氷面積は650〜700万㎢ありました。しかしながら20世紀末ころから急速な減少が始まります。その結果、最近では400〜450万㎢と20世紀後半の約60%になりました。最も少なくなった2012年には約320万㎢にまで減少しています。北極海の中でもシベリアやアラスカの沿岸はもはや夏季には海氷がなくなる季節海氷域になってしまいました。ちなみに2019年の海氷最小面積は、396万㎢でした。特に、シベリアやアラスカ沖の海氷縁が大きく北に後退しました。400万㎢を下回ったのは、2012年以来です。今年は人工衛星による観測が始まってから2番目に面積が小さい年になりました。

 夏季の海氷の大きな減少に伴って、北極海にできた海水面に太陽の光が吸収され、海水温が上昇します。北極海の「海」の温暖化です。海氷に広く覆われていた頃の北極海は夏でも海水温は結氷温度近くでしたが、最近は特に海氷減少が顕著なシベリアやアラスカ沿岸では海水温が10℃近くにもなってきました。このように暖められた海水は秋季から冬季にかけての結氷・海氷の成長にも大きな影響を及ぼします。以前であれば秋季になるとすぐに海水面は凍りはじめ、海氷が厚く成長していました。しかし現在の状況では、まず海水を結氷温度まで冷やす必要があります。その結果、結氷開始時期が遅くなり、海氷の成長が小さくなります。一方で海に溜められていた熱が大気に放出されることで、北極の秋から冬の気温が低くならなくなるのです。先に北極温暖化増幅と記しましたが、その大きな要因は海氷減少による海洋の熱吸収が起こること、そしてその熱が秋から冬にかけて放出されることにあります。北極の気温は2100年ころに9〜11℃上昇すると予測されていますが、冬季に限るとその上昇は12〜15℃に達すると予測されています。これと密接に関係して、夏季の北極海の海氷は今世紀中頃にはなくなってしまうと考えられています。海氷の減少を介した北極温暖化増幅が、北極域を地球温暖化の最前線にしているのです。

この続きをみるには

この続き: 1,483文字 / 画像1枚
この記事が含まれているマガジンを購入する
文藝春秋digitalが送る「2020年の論点100」は、幅広い教養が手軽に身につくマガジンです。今最も人気がある100人の論者が100個の論点を明快に解き明かします。激動の2020年を生きるあなたの強い味方になる1冊です。

日本を代表する知識人たちが2020年に日本が直面する100の課題を徹底的に論じた教養マガジン。小論文対策をしたい高校生から、レポートに困っ…

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?
気軽にクリエイターの支援と、記事のオススメができます!
note.user.nickname || note.user.urlname

記事へのご意見・ご感想をお待ちしています。「#みんなの文藝春秋」をつけてご自身のnoteにお書きください。編集部がマガジンにピックアップします。皆さんの投稿、お待ちしています!

ありがとうございます!
1
シェアしたくなる教養メディア。100年近くの歴史がある総合月刊誌「文藝春秋」が、あなたの人生を豊かに彩るコンテンツを毎日お届けします。

こちらでもピックアップされています

2020年の論点100
2020年の論点100
  • 101本
  • ¥1,400

日本を代表する知識人たちが2020年に日本が直面する100の課題を徹底的に論じた教養マガジン。小論文対策をしたい高校生から、レポートに困っている大学生、教養を身につけたいビジネスマンまで幅広くサポート。

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。