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会社に飲み会は必要か 組織における茶番の価値

文・借金玉(発達障害サラリーマン)

「飲みニケーション」とか「社員旅行」みたいな言葉を聞かなくなった。僕が新卒で就職したのがもう10年近くも前だから当然なのだけれど、段々世の中は変わっている。会社組織の中における「茶番」みたいなものを減らす方向に向かっているし、世の中に余裕がなくなってきたなという気がする。

 こういった組織内の「茶番」が減ったのはじつのところ望ましい側面もある。僕がかつて就職した職場には「1年目は新年会でAKBを踊る」なんていうどうしようもない風習があって、いささか苦労させられたし、飲み会の翌朝の挨拶回りから休日のゴミ拾いボランティアへの強制参加まで、会社の因習みたいなものを僕はとても憎んでいた。そういう人はやっぱり多かったんだろう。会社の飲み会が、楽しくてしかたないという人はそうそういない。僕もそういうのが嫌でしかたがなかったから新卒で入り込んだ職場を辞めた。

 僕は発達障害の人に向けた社会サバイブガイドみたいな本を書いたのだけれど、そのなかで「茶番をうまくやろう」ということにけっこう大きな紙幅を割いた。これはあくまでも傾向的にということなのだけれど、発達障害のある人は空気を読むのがうまくない。飲み会で上手に振舞えないし、組織のなかで浮いてしまうことが多々ある。いわゆる学校生活の延長みたいな「みんなで上手にワイワイする」とでもいうべき「茶番」はある種の社会的な障壁と言えたし、それが減ってきたのは悪いことではない。付き合い残業が減るのはいいことだ。

 その一方で、僕は会社を経営してコカしてしまったという経験がある。僕の経営していた会社のモットーはもちろん馴れ合いなしの実力主義で、大方の人が予想するとおりだろうけれど、うまくは行かなかった。というのも、会社というのは「実力のある」人ばかりで形成されるわけではないし(大資本でやればできるのかもしれないけれど、巷の零細企業がそれをやるのは無理だ)、人それぞれの能力の差が激しいなかで組織をまとめていくには「実力主義」というのはなかなか難しかった。それはどちらかといえば組織を崩壊の方向へ持っていく力として働いたように思う。創業メンバーだけの実力が拮抗していた時期は悪くなかったけれど、会社が大きくなるとこの問題は雪だるま式に大きくなっていた。

飲み会は必要だったのかもしれない

 実力主義というのは、すでに実力がある人にとってはもちろん居心地がいい。そして「実力が正当に評価される場所」というのは非常に正しい考え方だから、それを否定できる人もあまりいない。そういうわけで、「実力のない人」はどんどん居場所がなくなる。居場所がなくなった人には実力をつける機会も与えられないし、再評価のチャンスをつかむこともひどく難しくなる。僕は日本の会社のある種の馴れ合い精神や茶番性をひどく嫌っていたのに、自分が経営する立場になって感じたのは「あれって必要だったのではないか?」というなんとも情けない結論だった。

「仕事はできないけど、あいつは礼儀正しいし飲み会で感じがいい」みたいなものをどう考えるかはとても難しい。少なくとも、職場の飲み会で感じよく振舞うのが苦手な僕にとってはそういうものはないほうがいいけれど、きっとそれによって助けられている人もたくさんいる。「あいつ空気読めてないよな」に苦しんでいる人ときっと同じくらい「あいつは空気が読めている」に助けられている人もいるということに、僕は自分で会社を経営するまで気づけなかった。

 僕がもっとも憎んできた企業文化である「新人に新年会でAKBを踊らせる」も、組織内におけるそれなりの効用を持っていただろうことは否定できない。あの因習に「あいつは仕事はダメだけど、とにかくAKBを一生懸命踊ったよ、だから勘弁してやろう」、そういう機会を提供する側面は間違いなく存在しただろう。そして、それに助けられた新人もあまり認めたくないけれど、それなりにいるのだろう。仕事ができるようになるよりは、新年会で振り付けを覚えて踊りきるほうが間違いなく簡単だろうから。そうは言っても、僕はあのカルチャーを憎んでいるし、いまだに割り切れないところがあるのだけれど。

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