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西寺郷太 小説「'90s ナインティーズ」#16

第三章
Distortion And Me

★前回の話はこちら。
※本連載は第16回です。最初から読む方はこちら。

 1995年8月4日金曜日、深夜。

 STARWAGON ファースト・フル・アルバム発売記念ライヴは大盛況のうちに幕を閉じた。先ほどまで熱狂に包まれていた下北沢「CLUB Que」は、いつものように早朝まで続く打ち上げ会場へと変わっている。メジャー、インディ、大小様々なレコード・メーカーのディレクターやレーベル・オーナー、音楽ライター達がミュージシャンと入り乱れながら談笑している。他会場でのステージを終えたバンドマンも合流、なぜかいつもこの界隈にいるが普段は何をしているかわからない連中も多い。周りから見れば自分もそのわけのわからないひとりなわけだが。

 それぞれのガールフレンドや、イベントを取り仕切る女子達もはしゃいで楽しそうだ。ショート・ヘアを金髪に染め、ピタッとしたTシャツを着たユウカちゃんは下北界隈のミュージシャン達へのインタビューやそれぞれの作品のレビューを書き、コピーを巧みに使ったファンジン「シエスタ」を作っている。目が合うと腰のあたりで小さく手を振ってくれた。

 僕は、この夜も完全燃焼のパフォーマンスで痺れさせてくれた PEALOUT のギタリスト岡崎善郎さんの隣で黒いパイプ椅子に座り、氷のように冷たいビールを勢いよく呑み干した。「CLUB Que」の入り口付近に置かれた簡易テーブルには、ポテトチップスやミックスナッツ、焼きそば、チョリソーが置かれている。

 岡崎さんは、もし彼が俳優だったとすれば「怪優」と呼ばれたであろう憑依タイプのミュージシャンだった。ステージでは自らが掻き鳴らして構築したヘヴィ・サウンドの檻の中で、鋭い眼光と長身細身のカラダを揺らす。ギター・プレイに没頭する彼からはいつも獣のようなオーラが放たれていた。普段は嘘のように穏やかなムードだったが、どんな場面でも周囲の喧騒に流されない頑固さと緊張感を奥底に漂わせていた。

 湧井さんから当日LP数十枚を預かり打ち上げのBGM係を任されていたカズロウは、小さな音でアイズレー・ブラザーズの《ブラザー・ブラザー・ブラザー》をアルバムごと鳴らしていた。すぐそばにいるベーシスト林ムネマサや、彼の親友で熊のように大柄な石田功次郎と酒を呑み交わしながら楽しげにターンテーブルを回している。ただ、カズロウの鳴らすロナルド・アイズレーのコクのある美声は「CLUB Que」のあちこちで響く笑い声にかき消され、僕を含む数人の耳にしか入っていないようだった。カズロウが、フリートウッド・マック〈リトル・ライズ〉を次曲にセレクトしたのとほぼ同じタイミングで、何かをしばらく考えていた岡崎さんが僕の目を見てこう言った。

「ゴータさ」

「あ、はい」

「俺がさ、元々別のバンドやってたの知ってるでしょ」

「はい……、BEYONDS ですよね。湧井さんも周りの皆も伝説の凄いバンドだったって。アメリカ・ツアーもしたって」

「うん……、いいバンドだったね」

「岡崎さん、後で加入したんですよね、確か」

「そう。ファーストまでは単なるファンだったんだけどね」

「え!?  そうなんですか?」

「そうそう、加入が決まって2週間でいきなりソールド・アウトのクアトロに出なくちゃいけないって。ファンだったからなんとか弾けたんだよ。それが最初のステージ」

「えー!」

「当たり前だけど自分だけ練習足りないから家で立ってストラップかけてイメージしてさ」

「え、でもレッチリのジョン・フルシアンテみたいじゃないですか、ファンから正式メンバーになるなんて」

「ハハハ、ジョン結局やめちゃったけどね」

「カズロウが4年ぶりのアルバムが出る出るって騒いでて。代わりに加入したデイヴ・ナヴァロ、元ジェーンズ・アディクションのギターでしたっけ? 全然バンドの音が変わったんですよね? 奴からの薄い情報で知ってるだけですけど、あはは」

「いやー、ほんと、人生って1年、2年で何が起こるかわからないってことが言いたいんだよね、結局 BEYONDS も俺が入ってあっという間に解散しちゃったしさ……。でさ、今ね、俺、思ってんのは、もし PEALOUT の誰かが脱退するとか、解散するってなった時には俺、ギターごと捨てて音楽辞めようと思ってるってこと」

「え?」

「ロック・バンドでギター弾くこと自体もうしない、このバンドが最後。それくらいの気持ちでやってるっていうか」

「縁起悪いこと言わないで下さいよ。まさにこれからじゃないですか、 PEALOUT は」

「いやさ、この前ゴータと車で話した時さ、ゴータは『今までの音楽人生で、同じ目標に向かってタッグを組めるバンド・メンバー、パートナーを一度も見つけられなかった、でもどうしてもバンドが組みたいです』って言ってたじゃない?」

「はい、それは、いつもそう思ってます」

「でさ。それでずっと俺に何が言えるかって考えてたんだけどさ、バンドって本当に難しいんだよ。中々組めないよ。で、俺はこのバンドに賭けてる。うーん、今25でさ、このバンド作ったの去年だから。ゴータ、21でしょ? もしバンドやりたいなら、まだ大丈夫だってこと。妥協しないで、ともかく今まで自分が出会った中で一番いいメンバー、まず誘ってみなよって。それが言いたくてさ」

「一番いいメンバーですか……」

 そう言われた瞬間、僕の頭にまず一人の男の顔が浮かんだが、耳元で急に声がしたので驚き振り向いた。

「そうだよ、ゴータ、若くて羨ましいよ」

 全く気がつかなかったが、少し前から今日の主役のひとりであるドラマーの上条欽也さんがわざと忍者のように気配を消して静かに僕の横に座っていたようだ。

「欽也さん、お疲れ様でした! 今日、まじで最高でした!」

「いやいや、今の岡崎君の話、めちゃめちゃいいじゃん」

「いつから聞いてたんですか、あはは」

 欽也さんが言った。

「へへ。いや、岡崎君はまだ若いけどね。俺と『モリの字』なんて次の誕生日で29だぜ、あっという間に30。あちゃーって感じ」

「見えないですけどね」

「やばいよ。オアシスの弟なんて、林と同い年だよ。嫌になっちゃうよ」

「えーーー!!!? リアム・ギャラガーって今、22歳なんですか?」

 僕は、甲高い声を上げた。ブラー対オアシスだ、シングル同日発売の激突だ、などと対岸の火事のように盛り上がっていたことが急に恥ずかしくなる。自分と1歳しか変わらないじゃないか、と。

「そうだよ。最近だいたいそうだけど、好きなバンドやスポーツ選手が歳下ばっかりになってくると超凹むぜ。だからゴータなんて全然大丈夫だよ。まだ21だろ。なんだって出来る。俺なら明日からピアノやるね」

「あはは、ピアノ? どういうことですか?」

「その歳で2年やればどんな楽器だって相当上手くなるってことよ。バンドだってなんとでもなる。ま、ちょっとくらいは焦った方がいいけどね、はは」

 リアム・ギャラガーが自分と同世代という事実は、夢と野望に満ちた下北沢での竜宮城生活に冷や水をぶっかけられるほどのショックでしかなかった。その瞬間……。さっきまでライヴも観て、陽気に酒を呑んでいたはずのモリヘーが、明らかに何かトラブルが起こったことが伝わる顔面蒼白の表情で「CLUB Que」に飛び込んできた。一旦、外に出て走り回っていたのだろうか、息も乱れ額には汗も浮かんでいる。打ち上げ会場にいる僕ら以外のメンバーはそれぞれの会話に没頭しているので、モリヘーのテンションに気づいてはいない。

「どうしたん?」

「あのさ、ゴータ、マイカ知らない? 見てない?」

「あれ、さっきまでいたやん、君も一緒に」

「そうなんだけど、30分前くらいからいないんだよね。私もうっかりしてたんだけど……。で、慌てて『ぶーふーうー』や、ケースケさんのバー見てきたんだけどいないのよ。だから留守電にはメッセージは入れたんだけど」

 異変を察知したカズロウが、DJブースを離れてこちらに来た。今日の出演者である岡崎さんや欽也さんに迷惑をかけるわけにはいかない。いつもはしゃいでいるモリヘーがこんなにも困惑しているのには何か理由があるのだろう。

「岡崎さん、欽也さん、ちょっと俺とカズロウで外見てきます」

 僕はカズロウとモリヘーと共に Club Que の階段を駆け上がった。モワッと蒸すような熱帯夜。下北沢駅南口まで少し速めに歩くモリヘーに、僕とカズロウはついて行った。

「ゴータ、後でちゃんと話すけど、マイカね……。あの娘、今、ほんと精神的に不安定で」

「そうなん?」

「カズロウ、ゴータに話した?」

「いや、俺から話すことじゃないかなって、まだ……」

「多分、この近くのどこかにいると思うんだ。今日だけは一人にしたくなくて。カズロウは北口見てきて。私、ゴータに簡単に状況説明するからさ。ともかく後で『ぶーふーうー』で集合ね」

「わかった。マイカを連れてくればいいんだよね?」

 カズロウは駅の階段を二段飛ばしで颯爽と登り、僕の視界から消えた。

★今回の1曲ーーRed Hot Chili Peppers - Aeroplane [Official Music Video] (From The Album”One Hot Minute” / Released 1995)

(連載第16回)
★第17回を読む。

■西寺郷太(にしでら・ごうた) 
1973年東京生まれ京都育ち。早稲田大学在学時に結成したバンド「NONA REEVES」のシンガー、メイン・ソングライターとして、1997年デビュー。
以後、音楽プロデューサー、作詞・作曲家としてもSMAP、V6、YUKI、岡村靖幸、私立恵比寿中学、「ヒプノシスマイク」など多くの作品、アーティストに携わる。
近年では特に80年代音楽の伝承者としてテレビ・ラジオ出演、雑誌連載など精力的に活動。マイケル・ジャクソン、プリンスなどの公式ライナーノーツを手がける他、執筆した書籍の数々はベストセラーに。
代表作に小説『噂のメロディ・メイカー』(扶桑社)、『プリンス論』(新潮新書)、『伝わるノートマジック』(スモール出版)など。
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