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エマニュエル・トッド 日本核武装のすすめ 米国の「核の傘」は幻想だ

文藝春秋digital
ロシア侵攻後、世界初のインタビュー。緊急特集ウクライナ戦争と核/文・エマニュエル・トッド(歴史人口学者

エマニュエル・トッド氏(カバーソデ)

トッド氏

“冷酷な歴史家”として

まず申し上げたいのは、ロシアの侵攻が始まって以来、自分の見解を公けにするのは、これが初めてだということです。自国フランスでは、取材をすべて断わりました。メディアが冷静な議論を許さない状況にあるからです。シャルリ・エブド事件に対して「私はシャルリ」運動が盛り上がり、「表現の自由」という名の下に「反イスラム」の空気が社会を支配した時と似た状況です。この時、私は世論全体を敵に回しかねない『シャルリとは誰か?』という本を出しましたが、自国で自分の見解が冷静に受けとめられる望みはなく、最初に取材を受けたのは、日本の新聞でした。このように日本は、私にとって一種の“安全地帯”なのです。今回取材を受けたのも、『文藝春秋』という雑誌と読者を信頼しているからです。

この戦争がいつまで続くのか、今後どうなるのか。事態は流動的で、信頼できる情報も限られ、現時点で先を見通すのは困難です。ただ、世界が重大な歴史的転換点を迎えているのは明らかで、歴史家として見れば、極めて興味深い局面に立ち合っていると言えます。とはいえ、私自身“市民としての私”と“歴史家としての私”の2つに引き裂かれています。

私は、個人的に戦争を心の底から忌み嫌っています。若い頃、私は兵役に行けませんでした。軽い精神疾患を患い、軍隊のような規律の厳しい集団生活には耐えられない、と診断されたからです。

今回の戦争は、耐えがたいものです。一般市民が殺され、女性や子供が逃げ惑い、住居が破壊される凄惨な映像を目にして、戦争が始まってからのこの1カ月は、1人の人間として“苦難”以外の何物でもありませんでした。他方で、人間の歴史に常にあったのが「戦争」です。ですから「戦争」について話さなければなりません。ここからは、ある意味“冷酷な歴史家”として話しますが、これは私という人間の一部であることもご理解ください。

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ゼレンスキー大統領の壁画

戦争の責任は米国とNATOにある

英仏独など西欧でいま顕著なのは、「地政学的・戦略的思考」が姿を消して、皆が感情に流されていることです。それに対して、米国には議論があります。この戦争が「地政学的・戦略的視点」からも論じられているのです。

その代表格が、元米空軍軍人で、現在、シカゴ大学教授の国際政治学者ジョン・ミアシャイマーです。感情に流されず、「リアル・ポリティクスの観点から、戦争の要因を考えなければならない」と問題提起をしています。「いま起きている戦争の責任は誰にあるのか? 米国とNATOにある」と、多くの人に視聴された短い動画で、勇敢にもそう断言しています。私も彼と同じ考えで、欧州を“戦場”にした米国に怒りを覚えています。「プーチンは、かつてのソ連やロシア帝国の復活を目論んでいて、東欧全体を支配しようとしている。ウクライナで終わりではない。その後は、ポーランドやバルト三国に侵攻する。ゆえにウクライナ問題でプーチンと交渉し、妥協することは、宥和的態度で結局ヒトラーの暴走を許した1938年のミュンヘン会談の二の舞になる」——西側メディアでは、日々こう語られています。

これに対し、ミアシャイマーは、「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアは明確な警告を発してきたのにもかかわらず、西側がこれを無視したことが、今回の戦争の要因だとしています。

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プーチン大統領

NATOの“事実上”の加盟国

ウクライナは正式にはNATOに加盟していません。しかし、ロシアの侵攻が始まる前の段階で、ウクライナは「NATOの“事実上”の加盟国」になっていた、とミアシャイマーは指摘しています。米英が、高性能の兵器を大量に送り、軍事顧問団も派遣して、ウクライナを「武装化」していたからです。現在、ロシア軍の攻勢を止めるほどの力を見せているのは、米英によって効果的に増強されていたからです。ウクライナ軍の予想を上回る抵抗力は、米英の軍事支援の成果なのです。

ロシアが看過できなかったのは、この「武装化」がクリミアとドンバス地方(親露派が実効支配するウクライナ東部)の奪還を目指すものだったからです。「我々はスターリンの誤りを繰り返してはいけない。手遅れになる前に行動しなければならない」とプーチンは注目すべき発言をしていました。つまり、軍事上、今回のロシアの侵攻の目的は、何よりも日増しに強くなるウクライナ軍を手遅れになる前に破壊することにあったわけです。

こうした状況で、ウクライナ側の軍事的抵抗を西側の人間は喜んではいられない、とミアシャイマーは指摘しています。ウクライナ軍が強く抵抗するほど、ロシア軍はより攻撃的になるだけだからです。ウクライナ軍が軍事的に成功すればするほど、ロシア軍はより強い武器を用いることになり、戦闘はいっそう激化していきます。

マリウポリの街が“見せしめ”のように攻撃されているのには理由があります。アゾフ海に面した戦略的要衝というだけでなく、ネオナチの極右勢力「アゾフ大隊」の発祥地だからです。プーチンの言う「非ナチ化」は、このアゾフ大隊を叩き潰すという意味です。

ミアシャイマーの指摘でもう一つ重要なのは、ウクライナの加盟でNATOが国境にまで迫ること自体が、ロシアにとって存亡に関わる「死活問題」だ、ということです。ここから彼は、ロシアは米国やNATOよりも決然たる態度でこの戦争に臨み、いかなる犠牲を払ってでも勝つだろう、と結論するのですが、この点は間違っていると思います。というのも、このウクライナ問題は、米国にとっても「死活問題」になりつつあるからです。

ロシアの侵攻は、米国主導の国際秩序を揺るがしつつあります。これに衝撃を受けた米国は、直接的な軍事介入以外のあらゆる手段を用いて、ロシアの侵攻を止めようとしています。もしこれで米国がロシアの勝利を阻止できなかったら、米国の威信が傷つくでしょう。米国は、軍事と金融の覇権を握るなかで、実物経済の面では、世界各地からの供給に全面的に依存する国ですが、このシステム全体が崩壊する恐れが出てきます。ウクライナ問題は、米国にとっても、それほどの「死活問題」なのです。ここが、ミアシャイマーの見誤った点です。

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