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飢えた幼児が爺になって|辻真先

文・辻真先(作家)

毎年恒例のミステリベストテン選出で、たまたま三誌の首位がぼく、それも88歳といいトシこいてトップというので、あちこちからお座敷がかかる。ありがたいことだ。一昨年の日本ミステリー文学大賞受賞のときも、トシが話題になった。日本は世界に冠たる老人大国なのだから、最高齢の記録なんて年々更新されると思うが、とりあえずは一番ヨボヨボの三冠王に違いない、よくまあ書きつづけていますねと、感心されるより先に呆れられるが、当人としては幼いころからつづけた営為なので、キョトンとするだけだ。ぼくの生家は名古屋の繁華街でおでん屋を営んでいた。喧騒の大人の世界を敬遠したぼくは、隣り合った2軒の書店――新刊の本屋と古書店へ逃避するのが毎日だった。近所のよしみでえんえん立ち読みするガキを黙過してくれたので、学齢以前から読書三昧の日々だ。童話に漫画、少年小説や少年少女教育講談全集(そういうものがあったのです)を読み倒し、育つにつれ大人の本に手をのばした。明治大正文学全集、現代大衆文学全集から講談落語、怪奇探偵小説、股旅チャンバラ伝奇捕物と読みまくった。よくわからなくても乱読した。読書百遍意おのずから通ずって、アレ大人の嘘ですね。くるわ噺なんていくら読んでも意味不明だった。さすがに読む対象に飢えてきて、とうとう自分で話を創りだした。吉川英治の『神州天馬侠』が尻切れトンボだったのを嘆き、伏線を拾ってノートに続編を100枚くらい書いた(今でも竹童の実父は神官菊村宮内と確信している)。それを皮切りに読むのと並行して、与太話をでっちあげるのが趣味となり、嘘はつかれるよりつく方が面白いことを、中学生になって発見した。マンガ育ちだから映画、むろん漫画映画に親和性がある。ぼくがはじめてミッキーを知ったのも、ロイド喜劇『エジプト博士』を知ったのも、海賊版で5銭10銭の漫画冊子(A4?を半分に折り中綴じした代物)だった。映画のギャグ(開けても開けてもまだ扉がある!)をちゃんとコマで表現していた。

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