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ビッグマックとプーチンの戦争 佐々木正明(大和大学社会学部教授)

文・佐々木正明(大和大学社会学部教授)

ソ連崩壊前後、モスクワ名物の一つと言えばマクドナルドだった。ジョージ・H・W・ブッシュ政権時代、アメリカの本社は1990年1月にモスクワの目抜き通りに1号店を作った。

共産党政権が崩壊したのはその1年11か月後である。人々は、「M」の看板の下で資本主義の味を求めて行列を作った。初日には氷点下10度にもなる極寒の中、5000人が並び開店を待ったという。

ビッグマック、フライドポテト、コカ・コーラのセットは当時の庶民にとって高嶺の花。しかし、店にはあこがれのアメリカ文化に触れようとする人々の熱気があふれた。

数々の逸話が語り継がれている。並ぶだけのアルバイトも存在したし、ハンバーガー食べたさにシベリアからわざわざ飛行機でやってきたお金持ちもいたという。

何よりもマクドナルドの店員の笑顔は、上から目線でお高くとまったソ連式の無愛想な店員たちに変革をもたらした。顧客に心地よいサービスを提供するという商習慣は、この店から始まったと言っても過言ではない。

マクドナルドと並んで、赤の広場近くに店を構え、人気を博したのはやはりアメリカのファーストフードチェーン、ピザハットだった。ソ連崩壊後、ピザハットはミハイル・ゴルバチョフ元ソ連大統領を登場させるテレビCMを作った。

赤の広場を歩くゴルバチョフ氏と1人の少女。2人は店内に入り、ピザを注文する。すると、家族連れで訪れていたお父さんが「ゴルバチョフだ」とささやき、「経済の混乱は彼のせいだ」と吐き捨てるように言う。息子は「彼のおかげで、新しい可能性があるんだ」と目を輝かせる。

口論が激化していき、お祖母ちゃんがこう言って、二人を諫めた。

「彼のおかげで、(モスクワには)いろんなものがあるじゃない。ピザハットのように」

そして、周りの客が「ゴルバチョフのために!」と言ってこの新しい時代に祝福をささげて、CMは終わる。

マクドナルドもピザハットも冷戦時代の終わりを告げるモスクワのシンボルだった。

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