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スターは楽し アルレッティ|芝山幹郎

だれのものでもない彼女

1990年前後、一世を風靡した大女優が相次いで逝去した時期があった。

ベティ・デイヴィスが89年、グレタ・ガルボが90年、そしてマレーネ・ディートリッヒとアルレッティが92年。長寿を全うした人々ばかりだが、19世紀生まれはアルレッティひとりだ。

そんな年齢だったのか、と私は軽く驚いた。そうか、『天井棧敷の人々』(1945)でガランスを演じたときは40代後半だったのか。私は重ねて驚いた。

19歳の冬、私はガランスの姿に度胆を抜かれた。彼女は臈長(ろうた)けていた。蓮っ葉なのに優雅で、学問などなくとも聡明で、度胸のよさと淫蕩を無理なく重ねていた。女の人はこうでなくっちゃ、と呟いたあとで私は考え直した。そんな女はなかなかいない。そんな男は……皆無に近い。これは性差の問題ではなく、動物としての階級の問題なのだ。アルレッティは位の高い動物だった。『天井棧敷の人々』は1830年前後のパリを舞台にしている。芸人ガランスは劇場街の花だ。4人の男が彼女に群がる。殺し屋詩人のラスネール、シェイクスピア役者のフレデリック、パントマイム芸人のバチスト、裕福なモントレー伯爵。

初めの3人は、著名な実在の人物だ。彼らはそれぞれの形でガランスと絡む。ラスネールとの間にはいとこ同士のような情感が湧く。フレデリックとは、心の浮き立つ快楽の花が咲く。バチストと彼女は「運命の恋人」のように見えるが、複雑な翳りが覗く。そして、彼女を囲った伯爵はもどかしさを拭い切れない。

どの境遇に置かれても、ガランスは無頓着な顔をしている。ものに動じず、あでやかさを失わず、風や雨に打たれても平然と顔を上げている。だれのものでもないガランス、と副題をつけたくなるような姿と気配だ。

劇場と馬車と色男たちと大群衆。ナチス占領下のフランスで撮られたとは思えないほど活気に満ちた大作の主帆は、まぎれもなくアルレッティだった。全身に風をはらんで映画という名の帆舟を走らせ、男に向かって「恋なんて簡単」と言い放つ。こんな台詞で観客をうならせることのできる女優はめったにいない。

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