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半藤一利さんが指摘していた“戦争の教訓”が生かされていない現代日本の民主主義「官僚が権力におもねる国家は滅びる」

作家の半藤一利さんは、『文藝春秋』2018年5月号の座談会で「安倍政権(当時)と旧日本軍の相似形」を指摘していた。あれから約3年。菅政権に変わっても、実態は変わらぬまま。「国民の民度が下がっているから、政治家のレベルも下がる」という半藤さんの言葉を今こそ噛みしめたい――。/【座談会】半藤一利(作家)×保阪正康(ノンフィクション作家)×辻田真佐憲(近現代史研究者)

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▶︎公僕である官僚は主権者たる国民への説明責任がある。しかし、昭和史を紐解くと、官僚がその原則を踏みにじった例は実はいくつもある
▶︎現在は、「内閣人事局」によって政治に人事を握られている以上、いつまで経っても気骨のある「国民の官僚」は生まれないだろう
▶︎21世期に入って日本の民主主義は変質した。多数派は権力を委任されているのだから何をやってもいいという、多数決民主主義とでも言うべき在り方に変わってしまった

※肩書き、年齢等は雑誌掲載時のままです

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(左から)半藤氏、保阪氏、辻田氏

官僚には国民への説明責任がある

辻田 森友学園への国有地売却をめぐる財務省の決裁文書改ざん問題は、世間に衝撃を与えました。改ざんが誰の指示で、いつ、どのように行われたのか、多くの謎が残されたままです。3月27日には佐川宣寿(のぶひさ)前国税庁長官の証人喚問が行われましたが、佐川氏が真相を語ることはありませんでした。

半藤 証人喚問は、まったく予想通りの内容だったと思います。佐川氏はやっぱり腹を括(くく)れませんでしたね。

保阪 佐川氏はきっと、眠れない日々を過ごしていたと思いますよ。全責任を1人で背負い込めば、安倍政権からは恩人扱いされるでしょうが、歴史には不名誉な形で名を残すことになる。これは官僚にとって大きな屈辱です。結局、彼は「刑事訴追を受ける恐れあり」として証言を拒んだ。「私益」の中に逃げこんだわけです。

辻田 そもそも官僚は公僕ですから、主権者たる国民への説明責任がある。同時に、公文書は適切に保管され、国民に適宜公開されるべきもの。今回の文書改ざんは、その原則が踏みにじられた異例の事態です。

保阪 そうですね。ただ昭和史を紐解くと、官僚がその原則を踏みにじった例は、実はいくつもあるんです。

昭和31(1956)年から36年にかけて、海軍OBで構成される「水交会」の委託を受けた元海軍中将の小柳富次が関係者の証言を集めた「小柳資料」と呼ばれる記録には、こんな記述があります。

戦局が不利に傾いていた昭和19年、東條英機内閣の後を受けて発足した小磯國昭内閣で、井上成美海軍次官が米内光政海相に「天皇陛下が日米の戦力比の数字を知りたいと言っている。部下に作らせろ」と命じられた。そこで海軍省の軍需局長にその命令を伝えたところ、「いつものようにメイキングしますね」と言う。「どういうことだ」と井上が聞くと「嶋田(繁太郎元海相)さんのときはいつも資料をメイキングしていました」と答えたそうです。「メイキング」とは資料の改ざんや粉飾のこと。このように、当時の主権者である昭和天皇に対しても、軍官僚は嘘をついていた。

半藤 こんな例もあります。昭和3年に関東軍が起こした張作霖爆殺事件で、田中義一首相は昭和天皇に「関東軍は事件には無関係」と上奏し、誤魔化そうとする態度を見破られて叱責されました。そもそもは陸軍が爆殺の実行を隠していたことが原因です。また昭和17年6月のミッドウェー海戦で、日本は航空母艦4隻が沈没する大損害を受けたにもかかわらず、海軍は昭和天皇に対し、失ったのは2隻だと偽りの上奏をした。その嘘をつき通すために、ミッドウェー海戦の大敗を受けて艦隊編制を大幅に変更した後も、沈没したはずの「赤城」「飛龍」の2隻を編制表に残す細工までした。

保阪 天皇さえ騙していたのだから、国民に事実を言うはずがありません。東條は首相だったころ、秘書官に「(国民は)白と言えば白になり、黒と言えば黒になる」と言っていたそうです。政治家や高級官僚など、この国の為政者は基本的に、国民は馬鹿だと思っている。その姿勢はいまも変わらないでしょうね。

20180410BN00064 佐川宣寿 森友学園

佐川氏

「天皇の官僚」から「政治家の官僚」へ

半藤 それでも戦前の官僚たちには、「天皇の官僚」としての誇りも気骨もありましたよ。これは最近、新聞で読んで感心した話なのですが、「電力王」として知られた実業家の松永安左エ門が二・二六事件の後の官僚統制に腹を立てて、座談会で「官吏は人間のクズだ」と口を滑らせた。これを聞いた内務官僚で、長崎県水産課長だった32歳の男が「陛下の忠良な官吏」を侮辱したと怒り、ピストルを持ち出して松永のもとへ乗り込み、謝罪を求めたのです。その行動は肯定できませんが、32歳の若さで「天皇の官僚」としてこれだけの誇りを持っていた人がいたのかと驚きました。

しかし、戦後に主権が天皇から国民へ移っても、彼らが「国民の官僚」になったとは思えません。これは、日本の官僚制度が戦前と戦後で変わっていないためです。日本が連合軍の予想よりも早く降服したので、占領統治の準備ができていなかったGHQは、日本の官僚機構を日本軍のように解体せずに温存し、占領統治を円滑に行うための手足として使った。その結果、彼らは「国民の官僚」として生まれ変わる機会を失ってしまいました。

敗戦直後には、国民のために戦後復興に粉骨砕身した真面目な官僚たちの時代もありましたが、その後はすっかり「省益の官僚」に成り下がった。2014年に内閣人事局が創設されてからは、自分たちの人事権を政治家に握られ、いまや「政治家の官僚」となってしまった。これが今回の文書改ざん問題の根源にあると思います。

辻田 いまの官僚たちは国民ではなく、政治家のほうを向いて仕事をしているように感じます。今年2月、厚労省が国会に提出した裁量労働制に関するデータに不適切な点が見つかり、撤回に至りました。「裁量労働制で働く人の方が一般労働者より労働時間が短い」というデータでしたが、これは働き方改革で裁量労働制の適用範囲拡大を目指す安倍政権にとっては都合のよいものだった。しかし詰めが甘く、いい加減なデータであることがすぐにバレてしまった。政権の方針に沿うデータを提供して覚えがめでたくなれば、中身は杜撰でもいいという官僚の慢心が透けて見えます。

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