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安倍政権の支持率アップに励む電通と“経産トリオ”|森功

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※本連載は第13回です。最初から読む方はこちら。

 改正新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づき、経済再生担当大臣の西村康稔が新型コロナウイルス感染症対策本部の副本部長に就任した裏には、経産官僚の先輩である首相補佐官の今井尚哉の後押しがあった。その今井を中心に、経産省の経済産業政策局長である新原浩朗と首相事務担当秘書官の佐伯耕三を加えた〝経産官僚トリオ〟が、多くのコロナの政策を立案してきたといえる。西村は厚労大臣に代わり経産トリオが担ぎやすい神輿のような存在かもしれない。既報の通り、そのコロナ対策の第一弾が小中高の学校の全国一斉休校である。この全国一斉休校を発案したのが、今井と佐伯だとされる。

 2月27日、午前中に文科省で事務次官の藤原誠の報告を受けた文科大臣の萩生田光一が藤原を伴って午後1時半に官邸に出向いて反対の意向を示し、説明を求めた。文科省の懸念は休校中の母親の勤務補償はどうするのか、という点だったが、「春休みの前倒しだから(必要ない)」と押し切った。この間、首相の女房役である官房長官の菅義偉も蚊帳の外だ。

「責任はこちらでとりますから、大丈夫です」

 今井は官邸に駆け付けた萩生田たちを前にそう胸をたたいたという。

「根拠を示さず、感染者がゼロの自治体もあるのにそもそも全国一斉に休校する意味はあるのか」「高齢者に重篤傾向が高いのに子供を休ませる必要があるのか」

 案の定、休校の発表と同時に、母親たちから不安の声が殺到し、対策本部は右往左往する。その後、若年層のコロナ感染が増えたため、母親たちの声はなんとなくかき消されてしまった感がある。が、実際は想定外の非難に官邸は右往左往した。

 経産トリオによるコロナ対策の第二弾がアベノマスクと安倍首相と星野源とのコラボ動画発信だ。いずれも発案者は昨今ことに首相が信をおく佐伯だという。第二次安倍政権の発足以来、官邸はソーシャルネットワーキングサービス(SNS)を駆使した支持率アップに励んできた。そこで電通が貢献してきた。官邸でSNSに携わる職員は10人ほどおり、そのなかでも「広報調査員」なる肩書の職員がツイッターやインスタグラム、LINEやフェイスブック、ユーチューブ、メールマガジンの管理、運営を担ってきた。そこに電通の社員が出向し、安倍政権のPR戦略を練ってきた。なぜか官邸側は星野とのコラボ動画について広報調査員はかかわっていないと否定するが、電通の出向者はそれだけではない。内閣官房の「情報通信技術総合戦略室」(IT総合戦略室)に2人、「まち・ひと・しごと創生本部事務局」に3人を送り出している。ちなみにIT総合戦略室への派遣社員は新型コロナウイルス感染症対策推進室の勤務を兼ね、うち1人は広報担当補佐官の任にある。つまりアベノマスクや首相動画の発表をどのように効果的にするか、そこに電通の社員たちが深くかかわってきたのは間違いない。官邸官僚でいえば、今井の先輩にあたる首相補佐官の長谷川榮一が広報担当として首相自身の記者会見を取り仕切り、電通社員がその下準備をしてきたわけだ。

 電通が官邸のIT戦略を担うようになったのは小泉純一郎政権時代からだとされる。が、自民党政権との関係でいえば、もっと古い。古参の元経産官僚が解説した。

「古く自民党政権の広告代理店といえば、中曽根康弘総理が使っていた東急エージェンシーが始まりでしょうか。(1981年から93年まで)東急の社長だった前野徹氏が読売新聞政治部記者だった時代からの縁で中曽根先生のPRを任された。皺の寄らないよう背広の生地にオモリを入れたり、海軍にいたからホテルで泳ぐところをニュースに出したり、座禅をやらせたり」

 自民党のPRは中曽根から竹下登へ政権が代わる過程で電通に移ったという。

「竹下先生が田中派を割って経世会を立ち上げたときに支えたのが電通でした。成田豊専務が経世会向けのドリームチームをつくり、コピーライターからクリエイター、ブランディングプロデューサーにいたるまで、すべて竹下先生に張り付く体制を敷いていました。竹下先生の背広がダブルなのは電通の指南で、記者会見では台を置き、カメラを下から撮らせる。電通はそこから自民党べったりで、小泉総理や安倍総理の広報はその延長なんです」

 ところが民主党政権時代になると、ライバルの博報堂が選挙広報や党の宣伝活動を引き受け、電通は遠ざけられた。そこで第二次安倍政権になって必死に巻き返し、昨今の官邸との蜜月に発展していったという。

 コロナ対策として打ち出した個人事業主や中小企業向けの持続化給付金事業では、電通と経産省が一体となって設立した一般社団法人「サービスデザイン推進協議会」問題がクローズアップされた。実態の伴わないダミー法人が持続化給付金の事務手続きを769億円で受託し、手数料を〝中抜き〟して電通に丸投げしていた、いわゆるトンネル会社の疑いが浮上して大騒ぎになったのは周知の通りだ。

 そこでは真っ先に取引の決裁責任者である中小企業庁長官の前田泰宏がやり玉に挙がった。だが、その実、電通との関係でいえば、前田ではなく、むしろ新原のほうが近い。前田と新原は犬猿の仲だともいわれる。(文中敬称略)

(連載第13回)
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■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。

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