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菅義偉政権の誕生と“経産官邸官僚”の末路|森功

★前回はこちら。
※本連載は第15回です。最初から読む方はこちら。 

 前回に続き今回は経産省と電通の蜜月の原点となった民主党政権時代の一般社団法人「環境共創イニシアチブ」(SII)にさかのぼるつもりだったが、急きょ中身を変更させていただきたい。菅義偉政権誕生に官僚たちはどのように動いたか。実は、電通のトンネル会社問題は今度の政権移譲にも深くかかわっている

 安倍政権がコロナの景気策としてぶち上げた持続化給付金の窓口が電通グループだったのは既報の通りだ。だが、電通の請け負うコロナ関連事業はこれだけではない。次に電通が予定していたコロナの景気対策が、話題の「GoToキャンペーン」だった。本来、コロナ感染が収束したあとに景気のV字回復を目指す、と閣議決定された政策である。従来、8月中旬以降とされていたGoToトラベルの開始日が7月22日に前倒しされた。計画を早めたのが、官房長官の菅義偉と自民党幹事長の二階俊博の二人である。

 実はこれが、今度の安倍晋三から菅義偉への政権禅譲への転機となっているのではないか。ここから菅政権誕生のレールが敷かれていった――。実際、首相の病気退陣発表を待つまでもなく、7月に入り権力の中枢に変化が見られた。

 いうまでもなくGoToキャンペーンはコロナのせいで冷え込んだ国民の消費マインドを復活させようとした景気対策だ。事業者に対する融資や家賃補助と異なり、割引やポイント還元によるバラ撒き政策である。観光・旅行業者向けの「GoToトラベル」、飲食店向けの「GoToイート」、映画やコンサート興行などエンターテイメント事業のための「GoToイベント」、さらに「GoTo商店街」という4種類がある。予算総額およそ1兆7000億円、内訳はトラベル分が1兆3000億円、残りがイート、イベント、商店街に振り分けられることになる。

 もとはといえば、首相補佐官兼政務秘書官の今井尚哉と経産省産業経済政策局長の新原浩朗の経産官邸官僚コンビが発案して主導し、経産省が政策を取り仕切る予定だった。経産省のカウンターパートがほかでもない、電通だったのである。

 ところが、経産官邸官僚たちがアベノマスクや30万円の定額給付金事業でミソをつけた上、個人事業主や中小企業向けの持続化給付金事業で電通のトンネル会社を使った20億円の中抜きが発覚し、国会で追及されてしまう。

 そこへ折悪くGoToキャンペーンの事務委託費問題までが浮上した。こちらはキャッシュの割引やポイント、クーポンなどで消費者に還元するため、システム上、事務手続きが煩雑になるという。そうして事務委託費として最大3095億円も計上していた。単なる事務経費が総予算の実に18%を占める計算になる。いきおい野党から「あまりに巨額な事務費である上、算定根拠があいまいだ」と火の手があがったのは、無理もない。

 おまけに経産省が4つの事業の事務取扱いを一括して任せようとしたのが電通だったものだから、追及の火が収まるわけがない。持続化給付金事業の20億円の中抜きどころか、3000億円の事務費の取り扱い。電通にとっては、むしろGoToのほうが本命だったかもしれないが、こうなると諦めざるをえない。電通は9月以降の持続化給付金事業をデロイトトーマツグループに譲り、GoToからも撤退した。

 そんな経産官邸官僚たちの失態に付け込んだのが、菅・二階の老獪なコンビなのである。剛腕で鳴らしてきた菅・二階の二人は、経産官邸官僚たちからGoToキャンペーンの主導権を奪うと、夏休みの始まる海の日の前に計画を早めて見切り発車しようとした。

 だが、コロナの第二波が襲来していたこの時期、専門家たちはさすがに反対した。ある官邸関係者がこう打ち明ける。

「7月16日の内閣官房分科会(新型インフルエンザ等対策有識者会議)に向け、いくらなんでも前倒しはまずいと考えた分科会の尾身茂会長らは、3日ほど前の小委員会で西村(康稔)コロナ対策担当大臣に談判した。すると西村大臣は『それなら16日の分科会でGoToの開始時期を遅らせるよう諮る準備をしましょう』と回答したのです。ところが、その日の夜のうちに、スタートはずらせない、と方針転換し、それが専門家メンバーに伝えられたといいます」

 GoToトラベルの前倒しを押し切ったのが菅・二階コンビなのは言うままでもない。この間、首相の安倍は病状を悪化させていったのだろうか、政権運営のやる気をなくしていき、一挙に権力の中枢が移っていったという。

 安倍政権で我が世の春を謳歌してきた経産官邸官僚たち。筆頭格の今井は菅政権では内閣府の参与になる見通しだとされ、新原は来年の経産事務次官就任が絶望的となった。また、アベノマスクの考案者、秘書官の佐伯耕三は古巣の経産省に戻るのだろう。本来、首相秘書官を務めれば、将来の事務次官コースに乗るはずだが、むしろ経産省では居場所がないと囁かれている。

(第15回 文中敬称略)
★第16回を読む。

■森功(もり・いさお)  
1961年福岡県生まれ。岡山大学文学部卒。出版社勤務を経て、2003年フリーランスのノンフィクション作家に転身。08年に「ヤメ検――司法に巣喰う生態系の研究」で、09年に「同和と銀行――三菱東京UFJの闇」で、2年連続「編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞」作品賞を受賞。18年『悪だくみ 「加計学園」の悲願を叶えた総理の欺瞞』で大宅壮一メモリアル日本ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『泥のカネ 裏金王・水谷功と権力者の饗宴』、『なぜ院長は「逃亡犯」にされたのか 見捨てられた原発直下「双葉病院」恐怖の7日間』、『平成経済事件の怪物たち』、『腐った翼 JAL65年の浮沈』、『総理の影 菅義偉の正体』、『日本の暗黒事件』、『高倉健 七つの顔を隠し続けた男』、『地面師 他人の土地を売り飛ばす闇の詐欺集団』、『官邸官僚 安倍一強を支えた側近政治の罪』など多数。

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