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増える感染者数と経済活動の両立をどう考えるべきか|三浦瑠麗

★前回の記事はこちら。
※本連載は第34回です。最初から読む方はこちら。

 前回の記事では、第一波と同様の経済活動や行動の自粛を行った場合の、新型コロナウイルスの三つの感染シナリオに応じた経済シナリオを提示しました。帝国データバンクが蓄積しているデータをもとにした経済予測では、完全失業率やそれに基づく自殺者数の想定もお出ししました。専門家と協同してシナリオ分析を進めるなかで分かってきたことは、(まだデータポイントが少ないのが問題ですが)企業が感じる景況感を示す指標は感染者数の常用対数(log10)の関数として示すことができるのではないか、ということです。わかりやすく言うと、政府に言われなくとも感染者数が増大すると人々は行動を抑制し、景気が悪化するということです。

「感染者数が増えると経済活動はダメージを受ける」というのは正しいのですが、「経済活動を守るために感染者数を減らす」というロジックは部分的に破綻しています。なぜならば、一か月から二か月の休業要請で感染者数を激減させても、経済活動を再開すればまたある程度感染者数が増え、また経済が委縮するので、経済活動はいずれにしても守られたことにはならないからです。日本では緊急事態宣言前から消費の冷え込みが始まっており、感染者数が日々報道される中で、その感染者数に応じて人びとが外出する頻度も上下します。

「あとからその分消費すればいいじゃないか」というのは社会や経済の素人の考え方です。飲食店は感染予防や客足の戻りの鈍さにより、いまだに売り上げが半減しているところも少なくありません。話を聞くと、感染者数が増えたと報道されると目に見えて客の入りが減るといいます。また、6月の全国の百貨店の売り上げの速報が出ましたが、4、5月分の消費を追加で行うどころか、前年同月比で2割以上減少しているという悲惨な結果になっています。まずはそのファクトを受け入れるところから議論をスタートさせなければいけません。人びとの消費は、緊急事態宣言が出ている間はもっとも低水準の「底」にまで落ち込みますが、緊急事態宣言が出ていなくとも感染者数によって増減し、マスコミの報道などで行動が左右されるのです。

 感染者数は重要な数字ではありますが、医療体制との兼ね合いによってとらえるべきものです。しかも、感染した多くの人は無症状であることから、重症患者の人数こそが医療体制をひっ迫させるカギとなる数字なのですが、世間は必ずしもそうとらえてはいません。現に、政府よりも専門家よりもまず、マスコミが先に緊急事態宣言を再度出すべきではないかという議論を主導してしまっています。これはマスコミの悪い癖なのですが、提起する論点が非常に恣意的で選択的なのです。「次に何が起きるか」を先読みするのがマスコミの本能だとすれば、その本能を、分かりやすい感染者数や死者数、医療崩壊といった分野にのみ働かせるということです。マスコミは休校による社会的影響を先読みしませんでしたし、コロナ禍で女性の収入が男性に比べて有意に減少したことの社会的経済的影響についても、(この場合は起こった後ですら)取り上げることは稀です。

 ではどうすればよいのか。対案があるのならば示してくれ、というのは当然ですよね。私が提言するとすれば、三つの点でしょう。①人々の行動を理解し予測すること。単に感染状況によって経済のマイナス成長幅を予測するだけでなくて、対策が生むコストとベネフィットを天秤にかけたうえで対策を決めるという姿勢を明らかにすること。②全国一律・全世代一律の精神論で発破をかけるかのように自粛要請を出さないこと。高リスクのグループに関して行動制限や休業要請を出す場合、それは科学的事実に基づき、かつ短い期間に限定し、全体最適だけでなくそのグループにとってのコストとベネフィットを別途算出し、補償や健康対策をはじめとした支援をセットで行うこと。③医療体制の拡充にこそ政治や行政の権限を発動すべきこと。その中で医療従事者の健康と福祉に配慮すること。

 議論の共通の土台は印象論ではなくファクトであるべきです。人びとの移動や消費行動の現状把握については、内閣府が出しているV-RESASというウェブサイトが一覧性が高く、とても参考になります。これは全国約1200店舗のスーパー、GMSにおけるPOSレジにより集計された全国の品目別の売上高を元に指数を作成したり、レストランの検索頻度をRettyの保有するビッグデータから持ってきたり、JCBのクレジットカードによる決済情報をもとに半月ごとの消費指数の変化を示したりしたもので、様々な異なるデータを統合しながら人の流れや消費動向を見える化した苦心の跡がうかがわれます。デザインもよく、日本地図の色分けで地域別の前年同期比の売上げ増減がたやすくわかるなど、ぱっと一瞥していろいろなことがわかります。5月の人の移動が6割減少し、6月になっても4割減少していること。飲食店の検索回数は5月には前年同月比で8割近く減り、6月には35%減少していること。クレジットカードによる消費は4月後半で前年同期比18%減であること。このウェブサイトが定期的に更新されていくことで、日本経済や社会の今が見えてきますし、一定の予測が立てられます。

 対策が生むコストとベネフィットのなかでは、休業要請を再び出した時の追加の致命コスト=一か月あたり4000人(自殺者数増加)という数字を俎上に載せるべきです。そうすれば、最悪シナリオの想定する新規感染者数がひと月当たり検査で判明しただけで60万人(市中に600万人)も出るような事態にならない限り、4、5月と同じ規模での自粛要請ができない、してはならないことは明白だからです。最悪シナリオかどうかは事後的にしかわからないじゃないか、という意見もありますが、6月に人々の活動制限を緩めたあとの感染の広がりの変化や重症化率、致死率などを専門家が見極めているところであり、ウイルスが変異すれば、多少のタイムラグはあるにせよ現場で当然気が付きます。そして、医療体制の拡充は重症化した患者を一人でも多く救うために必要ですから、本来もっとも力を入れるべきところですが、日本は奇異に映るほど、その努力が足りていません。日本における医療体制のひっ迫と、米欧で言うところのひっ迫とはそもそも次元が違う話ですから、ありとあらゆる医療資源をなぜ有効活用できなかったのかというところを、メディアは検証報道すべきでしょう。

 次回は、それでも医療体制がパンクしたとして、営業制限や行動自粛を再び部分的に要請すると仮定したときに、どのようなメリハリをつけた対応が望まれるのかを論じたいと思います。

★次週に続く。

■三浦瑠麗(みうら・るり)
1980年神奈川県生まれ。国際政治学者。東京大学農学部卒業、東京大学大学院法学政治学研究科修了。東京大学政策ビジョン研究センター講師を経て、現在は山猫総合研究所代表。著書に『日本に絶望している人のための政治入門』『あなたに伝えたい政治の話』(文春新書)、『シビリアンの戦争』(岩波書店)、『21世紀の戦争と平和』(新潮社)などがある。
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