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本上まなみさんが今月買った10冊の本

非日常の世界

探検冒険。非日常の世界を、家に籠もりきりの私は足踏みするほど渇望していました。数々の探検記を上梓する椎名誠氏は大の「漂流記マニア」だそうで、今作『漂流者は何を食べていたか』では14冊を取り上げ、その魅力を綴っています。

船底を破るクジラやシャチ、嵐による高波。強烈なアクシデントに見舞われながらどうして助かるの? とまずは彼らの強運に驚き、さらにトビウオ、シイラがボートに飛びこんでくる、ウミガメが寄ってくる、海鳥が羽根を休めにくるなど、一瞬のチャンスを確実に手中に収める逞しさには感嘆するしかない。極限状態の食卓は、荒々しく原始的でありつつも、時にはクルーズ船のディナーのごとく洗練されているものもありで、極限状態でも各人の人間性にはブレがないものなんだなと、しみじみ感じ入りました。

著者の実体験も踏まえた上での情報の補足、解説が、こちらの想像力をさらにかき立てるので、すぐにでもこの本を通しで読みたい! という気持ちにさせられる。

四半世紀後の日本を舞台にしたという平野啓一郎『本心』。母親とふたりで暮らす青年は、母から尊厳死(作中は自由死と表現)を望んでいることを聞かされます。到底受け入れられないと反対するものの、心の内を語り合う機会を逸したまま母は不慮の事故で他界。深い喪失感を抱いた青年は生前の姿のVF(ヴァーチャルフィギュア)を作製し、母の本心に触れることを試みる。

物語の根底にあるのは格差社会。生活に余裕がない人たちが諦念のなかで生きる世界です。近未来の設定とはいえ、描かれていることは日々家族や友人知人、ニュースなどから得る話となんら差はなくて、心がざわつくのを止めることができませんでした。セーフティネットが上手く機能していないのは誰の目にも明らかなのに、為政者は国民を見捨て、それを隠そうともしない現実。

青年の思慮深く優しい性格、彼の良心が、この物語の希望の光でした。だから過酷な日常に耐えられるのか、どこかで崩れてしまわないかと、読みながら心配で仕方なかった。

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