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中国不動産バブルは弾けるか 高口康太

恒大集団の経営危機は序章に過ぎない。/文・高口康太(ジャーナリスト)

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高口氏

第2のリーマンショックとなるのでは

「還我血汗銭!(血と汗で稼いだ金を返せ!)」

9月13日、広東省深圳市にある中国不動産デベロッパー大手・恒大集団の本部ビル前で抗議集会が開かれた。いや、深圳だけではない。中国各地の恒大集団のオフィス前で同様の抗議集会が開催された。

中国では給与未払いや債務不履行が裁判で解決することは少ない。ともかく騒ぎを起こし政府の仲介によって解決を図る。これが常套手段だ。「血と汗で稼いだ金を返せ」というシュプレヒコールは常套句で、私のようなチャイナウォッチャーにとっては、耳慣れた単語である。

しかし、中国トップクラスの巨大企業が矢面に立たされるのは異常事態と言えよう。特に近年では世論監視技術が向上し、当局が早期に介入し、人目に触れる前に火種が消されることが多い。

恒大集団の巨額債務問題は昨年から注目されてきたが、この抗議集会によって全世界の視線を集めることとなった。その後、社債のデフォルト観測、下請け建設業者への代金未払いによる工事中止、金融子会社が販売した投資商品の返済不履行などの問題が次々と明らかになっている。

財務報告書によると、恒大集団の負債総額は6月末時点で1兆9665億元(約35兆円)。中国の国内総生産(GDP)の約2%に相当する、天文学的な数字である。もし、この債務爆弾が破裂すれば……第2のリーマンショックとなるのではないか。さらに恒大集団以外の中国不動産デベロッパーの債務危機も明らかになるなか、一時は米国や日本の株式相場が急落するなど、不安は海外にも波及した。

いったい、中国不動産業界に何が起きているのだろうか?

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恒大集団が開発した超高級マンション

危機の引き金「3つのレッドライン」

恒大危機の引き金を引いたのは昨年8月の不動産規制だ。上半期に一線都市(北京市、上海市、広州市、深圳市の四大都市)を中心に不動産価格が急上昇したため、中国政府は新たな規制を打ち出した。自治体ごとに詳細は異なるが、銀行の住宅ローン融資残高の上限設定や、現地に戸籍を持たない者の購入制限、またはある世帯が2軒目の住宅を購入する際には頭金比率と住宅ローン金利を引き上げるといった手段が採用された。偽装離婚によって世帯を分けて住宅ローンを申し込むという手法を防ぐために、離婚後も一定期間は同一世帯とみなすという、珍妙な規定まで導入されている。

これまでも類似の規定は導入されてきたが、不動産企業に大きな打撃を与えるものではなかった。今回、危機の引き金となったのは「3つのレッドライン」と呼ばれる、債務削減義務だ。

不動産デベロッパーに対し、「負債の対資産比率を70%以下に」「純負債の対資本比率を100%以下に」「手元資金の対短期負債比率を100%以上に」との3つの基準を設定した。すべての基準に違反した場合、レッド企業に分類され、有利子負債を増やすことが認められなくなる。この規制はデベロッパーにとってきわめて厳しいものとなった。

資本主義国以上に資本主義的と言われることが多い中国だが、土地に関してはいまだに社会主義的だ。すべての土地は国有地であり、購入できない。土地ではなく、期限付き(住宅地の場合、通常は70年)の使用権を購入することになる。

また、マンション建設にあたっては不動産デベロッパーが直接土地を買収するのではなく、地方自治体がいったん土地を回収し、入札を通じてデベロッパーに供給するという手続きを踏む。いつ、どれだけ土地が供給されるのかは、マクロ経済や不動産市況を見て政府が決定する。好きなタイミングで土地が買えるわけではないのだ。そのため、デベロッパーには無理に負債を積み増してでも、土地を確保する動機が生まれる。どうせ土地価格は右肩上がりに推移するのだから、負債を増やしても後で帳尻は合わせられると算段をつけていたところ、急に負債を減らせとの命令が下ったのだから、大混乱も当然だ。

デベロッパーの中でも、恒大集団は特に急速に債務を膨らましてきた企業だ。その積極性が同社を中国四大不動産デベロッパーの地位へと押し上げたが、規制の逆風をもっとも強く受けることにもつながった。

一方、「恒大集団の危機は当局の規制によるもの、と矮小化はできない」と、神戸大学の梶谷懐教授(中国経済)は指摘する。危機の根源にあるのは新型コロナウイルスの流行後のマクロ経済政策だという。

2020年1月下旬から2月後半にかけて、中国全土で外出規制が実施された。同年第1四半期のGDP成長率はマイナス6.8%と大きく減速。中国政府は経済への打撃を緩和するため、利下げや企業への緊急融資などの金融政策を実施した。

「財政支出が不十分な状況で、金融緩和への過度な依存が生じた。その結果、緩和マネーが不動産へ向かい、昨年前半の不動産価格高騰をもたらした」と梶谷教授。5月以降、感染抑え込みに成功したこともあって、中国政府は金融緩和を中止するが、他国のような財政出動や所得補償は行わなかった。コロナ禍の経済的ダメージは一時的なものとの判断だろうが、マネーの急速な縮小はひずみを生む。こうして、緩和マネーの潮が引いた不動産分野で危機が起きた。

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「買、買、買」の乱脈経営

規制や金融環境は不動産業界共通の問題だが、一方で恒大集団特有の問題もある。そもそも、世界の耳目を集めた抗議集会の参加者の多くは元社員だった。金をかき集めることに必死だった同社は、金融子会社が販売する投資商品を社員たちに買わせていた。支社ごとにノルマがあるなど、半ば強制だったという。時に20%を超える利回りを約束するなど、条件だけ見るとすばらしいが、実際には予定された返済期限が延長されるなど、怪しい商品だった。特に退社した社員に対しては支払いしないケースが多発したため、冒頭の抗議集会につながったわけだ。

また、下請けの建設業者にも投資商品を売りつけていたほか、支払いの多くを現金ではなく、商業引受為替手形で支払っていた。手形の発行額は昨年末時点で2000億元(約3兆5000億円)を超えている。不動産業界で発行額2位の華潤置地の発行額は274億元(約4800億円)。恒大集団が圧倒的な1位だ。しかも、期限が来ても決済されない事例が頻発している。

きわめつけが株式市場を利用したマネーゲームだ。恒大集団の傘下にはEV(電気自動車)製造会社の恒大汽車がある。もっとも、コンセプトモデルを発表しただけでまだ1台も販売していないのだが。

不動産とEVには何の関連性もない。どのようにしてその技術を手に入れようというのか。恒大集団創業者の許家印シュージャーインは2019年の記者会見で、その答えは「買、買、買」だと明かしている。不動産事業で手にした金で既存EV企業と人材を買いあされば一丁上がりだといい放ち、3年から5年で「世界最大規模にして最強の実力を持つEV企業を作る」と豪語している。

一時はその言葉が実現するかのようにも見えた。恒大汽車はヘルスケア企業の恒大健康を社名変更するという形で香港市場に上場し、今年4月には時価総額が6700億香港ドル(約9兆8000億円)と、米フォードを上回った。EVシフトへの期待が追い風となり、車を作ってもいない企業の株価に跳ね返ったわけだ。

さらに上海市場への同時上場も計画した。成功していれば、「買、買、買」のための元手が手に入っていたはずだが、不動産事業の危機を受けて上場計画は頓挫。株価も急落し、原稿執筆時点では380億香港ドル(約5600億円)にまで落ち込んでいる。

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創業者・許家印会長

土地獲得の方便としての「EV」

EV進出にはもう一つの狙いがあった。恒大汽車は上海市、広東省広州市、天津市など各地に工場を建設している。中国の新興EVメーカーは既存の自動車メーカーに製造を委託しているケースがほとんどだ。まだ販売できる車を持っていないメーカーが複数の工場を建設するのは前代未聞だ。

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