第69回「菊池寛賞」発表
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第69回「菊池寛賞」発表

第69回菊池寛賞の選考顧問会は10月5日午後5時から、阿川佐和子、池上彰、保阪正康、養老孟司の4顧問を迎え、東京會舘で開かれました。慎重な討議の結果、上記の通り授賞が決定いたしました。アンケートをお寄せくださいました各界の方々、並びにご協力いただきました各位に厚く御礼申し上げます。

公益財団法人日本文学振興会
東京都千代田区紀尾井町3‐23 文藝春秋内

賞・各受賞者に正賞・置時計及び副賞・100万円

Q:菊池寛賞とは?
A:文藝春秋の創業者・菊池寛(明治21年~昭和23年)が日本文化の各方面に遺した功績を記念するための賞で、昭和28年から現在の形になりました。文学、映画・演劇、新聞、放送、出版、その他文化活動一般において、前年9月から8月までの1年間に、最も清新かつ創造的な業績をあげた人・団体、もしくは永年に亘り多大な貢献をした人・団体に贈られます。選考顧問会が毎年10月初旬に開かれ、受賞者・団体は「文藝春秋」12月号で発表されます。

▼小川洋子

30余年におよぶ文業を通して、静謐さをたたえ、美しさに満ちた独自の作品世界を構築。多くの作品は世界各国語に翻訳され、「全米図書賞」「ブッカー国際賞」候補など海外でも高く評価されている

▼仲代達矢

1952年のデビュー以来、日本を代表する俳優として幾多の演劇・映画に出演、89歳を迎える本年も「役者70周年」全国公演を開始。また、みずから劇団「無名塾」を主宰し後進の育成にも尽力してきた

▼高知新聞社 追跡・白いダイヤ取材班

2016年、高知県内のシラスウナギ仲買人事務所に火炎瓶が投げ込まれた事件をきっかけに、ウナギを巡る密漁や闇取引の実態を5年にわたり10都県・10人以上の関係者に取材。特集「白いダイヤ」に結実

▼松岡和子

第1巻『ハムレット』から25年、日本で3人目となるシェイクスピアの全37作の個人全訳を本年完結させた。原本に忠実かつ上演を前提とした翻訳は、蜷川幸雄はじめ多くの現代演劇人を魅了しつづけている

▼𠮷岡秀人

ミャンマー、カンボジア、ラオスなど、まだ医療が行き届いていないアジアの貧困地域で、25年以上にわたり無償の医療支援を行う。コロナ禍の今も、みずから最前線で治療を続ける「継続する力」に


菊池寛賞受賞を喜ぶ

特別な光 堀江敏幸(作家)

小川洋子さんの作品には、ひとつの揺るぎない核があります。映像、言葉、音、匂い、空気や時間までが凝縮された琥珀のような、硬質で透明な個体です。それを外から覗いて、なにが入っているのか、数えることさえできます。翻訳を通じて海外で多くの読者を獲得しているのは、言語を超えてその核が持ち越されるからだと思います。

しかし、どんなに長く観察しても、だれひとりその中身を取り出すことはできません。殻に傷ひとつつけずに、閉じ込められている要素を繊細なピペットで取り出して、命を吹き込み直し、いま生まれたばかりのような特別な光を当てられるのは、小川さんだけです。

それがあまりに自然になされるので、取り出される過程は見えないのですが、しばらく読み進めると、五感を刺激する一場の光景が眼の前に広がっています。読者はこれからも、その手つきを信頼して世界に触れればよいのです。

このたびの菊池寛賞ご受賞、本当におめでとうございます。

仲代達矢の虚無 杉田成道(演出家・日本映画放送取締役相談役)

“君の瞳に乾杯”、言わずと知れた「カサブランカ」のハンフリー・ボガートのセリフ。仲代さんには、このキザなセリフが良く似合う。どこかハードボイルドのぎょろりとした目、斬られるような殺気。近寄りがたい孤高の人。この人の背後から立ち昇る人を寄せつけない虚無は、いったいどこから来るのだろうか。

時は、太平洋戦争、敗戦間近い東京大空襲。逃げ惑う人々。中に中学生の仲代少年がいた。親を見失って呆然とたたずむ年端もいかぬ女の子を見る。助けようと、その手を握った。雨のように降り注ぐ焼夷弾の火の中を走った。叫びながら、走った。走って、走って、ふと、手が軽くなった。見ると……手だけが残って、女の子は消えていた……。この時、仲代少年は何を思ったか。この残酷な世界をどう捉えたか。

俳優とは、肉体を言語化する存在である。である故、内なる人生がにじみ出る時、発する台詞自体を超える深みと余白が生まれる。優れた俳優とは、そういう人を言う。仲代さんの虚無は、矛盾に満ちたこの世界全体をとらえている。だから、世界の仲代達矢なのだろう。

88歳にして受賞、なお現役。「君の瞳に乾杯」と言わずに、何と言おう。おめでとうございます! ああ、ノーベル賞に演技部門があれば……。

ウナギの裏街道 柳田邦男(ノンフィクション作家)

スーパーでパック商品のウナギの蒲焼きを見る度に、ウナギはなんでこんなに高いのかと疑問を抱く。私がウナギを食べるのは、年にせいぜい1匹くらい。日本はウナギの大量消費国で、1人が食べるのは、かつては年6匹、最近は漁獲減などで2匹弱とか。だが、超高値なのは、需要が多いためだけではない。

高知新聞の長期連載「追跡・白いダイヤ」を読んで、蒲焼きがなんで高価なのかがよくわかった。しかも、その背景にあるウナギの稚魚シラスの漁獲と養鰻業者に渡るまでの流通経路におけるカネ、カネ、カネの欲望と縄張り争いと闇取り引きの渦巻く人間社会の実態を実にリアルに知ることができた。夜のシラス漁の情景描写には息を呑む。

シラスはまさに「白いダイヤ」。そこに蠢く人間たちの裏社会の絵図は、記事に登場する数々のキーワードから浮かび上がってくる。

資源保護下の「特別採捕」、密漁の組織化・巧妙化、シラスロンダリング、万でなく億のカネが動く、「シラス王」の年商数10億、裏ルートの流通マップ、県をまたげば違法が合法、闇と共存のシラス業界、虚実や善悪の境界が曖昧な世界……。

5年をかけ全国を歩き、裏社会の人物を含む約100人の証言を得て構築したこのリアリティに溢れる報道は、構成も表現もみごと。ルポルタージュの王道を示すものだ。

25年がかりの偉業 松岡和子さんのシェイクスピア全訳を祝う 池澤夏樹(作家)

シェイクスピアの芝居の登場人物をぼくは何十人と知っている。人間の性格をあれほど多様に書き分けた文学者は他にいない。弱気のマクベス、強気のマクベス夫人、迷うハムレット、清純なオフィーリア、若くて性急なジュリエットとロミオ、愚かなオセロ、哀れなデズデモーナ、高潔なコーデリア、周到なプロスペローと反抗するキャリバン……。

彼らのことをぼくはすべて松岡和子の翻訳を通じて知った。彼女は1000人の登場人物の声を1000通りに訳し分ける。

しかもこの翻訳は実際の上演を経て、演出家と俳優による再創造を経て、台詞として磨かれている。松岡は稽古場に足繁く通って彼らの考えと思いを聞いてそれを訳に反映した。この授賞は関わった演劇人ぜんぶへの賞でもある。

全37作品の訳、容易なことではない。25年かかったのも当然。しかしこの種の大仕事は迂闊に始めて、必死で働くうち、気がつけば出口に至っているものだ。

やーれ、めでたやな。

𠮷岡さんから知った言葉 村上龍(作家)

「ヨーロッパのチームのように、ロジスティクスを整えること」

「どう思ったかというと、NPOを科学的に運営していかない限り、勝てない」

「NPOを科学的に運営していかないと太刀打ちできなくなる」

「太刀打ちできないと、必要度が下がる」

「再現性を持たせて仕組みを作る。サステナブルな組織を自分たちで作っていく」

「寄付だけでやっていたら再現性が高くなるか、高くならない」

「自分たちがお金を生み出せるような仕組みを作っていかないと」

「今後、NPOと企業はまったく同じ形に収斂していく」

「企業は利益を株主に配当するが、NPOは利益を被益者に循環する」

司会を務めるテレビ番組『カンブリア宮殿』で、わたしが𠮷岡さんから、知った言葉です。感動しました。このたびの受賞、本当におめでとうございます。

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