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アメリカ主導の海洋同盟vs.中国 「新冷戦」勝者の条件

今日、多くの専門家、ジャーナリスト、メディアが論じている「米中対立」は、すでに過去の話だ。現在進行しているのは、アメリカ主導の「海洋同盟と中国との戦い」なのである。中国は敵対姿勢によって「対中包囲網」を自ら構築する愚を犯している――。/文・エドワード・ルトワック(米戦略国際問題研究所上級顧問)、取材・翻訳=奥山真司

ルトワック

ルトワック氏

豪州がリードする「反中国包囲網」

「地政学上の最大の問題は、『米中対立』だ」と、今日、多くの専門家、ジャーナリスト、メディアが論じているが、こうした見方自体が、実は間違っている。

「米国と中国の対立」は、すでに過去の話だ。現在進行しているのは、「(米国主導の)海洋同盟と中国との戦い」なのである。米国は、中国との対立の最前線に立っているわけではなく、一歩引いた場所にいる。

これは、最近の国際ニュースを見れば、すぐに理解できるだろう。「米中の戦い」というより「海洋同盟の諸国と中国の戦い」に関連する事件が続々と発生しているからだ。

たとえば外交面でいえば、中国との戦いの最前線をリードしているのは、豪州だ。事のきっかけは、新型コロナウイルスの発生源と中国の初期対応に関して、国際的な独立調査委員会の設立を豪州が提案したことだ。これに中国が強く反発し、豪州産の大麦に80.5%もの関税を上乗せし、留学や旅行も含めて、豪州行きを避けるよう国民に呼びかけた。

豪州にとって中国は輸出の約3分の1を占める最大の貿易相手国だ。そこで北京政府は、「経済的にどれほど依存しているのか分からないのか!」と“圧力”をかけた。だが、キャンベラのエリートたちは、屈しなかった。その結果、WHOで中国外しを狙ったり、インドを国連安保理の常任理事国にするためのロビー活動を始めるなど、豪州は、「反中国包囲網」をリードし始めたのである。見落としてならないのは、中国自身の強硬姿勢が、こうした結果を招いていることである。

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©iStock.com

海洋同盟vs中国

4月上旬には、中国海警局の船舶が、南シナ海の西沙諸島付近で、ベトナムの漁船に体当たりをして沈没させる事件が起きている。南沙諸島でも、中国とフィリピンとの対立が本格化し始めている。

4月中旬、北京政府は、突然、この2つの諸島を新たな行政区に編入し、西沙諸島に「海南省三沙市」の「西沙区」を、南沙諸島に「南沙区」を設置すると一方的に発表した。ボートで渡る“島”ではなく“町”として扱う、というわけだ。

これに対してベトナムは、一歩も引いていない。これを支援しているのは米国とインドで、日本も、ベトナムに艦を寄港させている。ちなみに、ベトナムの潜水艦は、ロシア製である。

つまり事態は、もはや「中国vs米国」ではなく、「中国vs中国の周辺国」という構図になっているのだ。そこに豪州、インド、日本といった「海洋同盟」の国々も加わり、これを米国が支えているのだが、米国は後方から支援しているにすぎない。

このところ緊張が高まっている中国とインドの国境紛争も同様だ。

衝突の舞台は、インド北西部のラダックという地区で、チベットに隣接する地域である。中国側が境界線を踏み越えて、インド側に侵入し、6月15日、ついに両軍が衝突する事件が起きた。この紛争で死者が出たのは、1975年以来、約45年ぶりのことだ。約250名の中国人民解放軍兵士が、国境を警備していた50名ほどのインド軍兵士を待ち伏せして、突然、襲いかかったのである。

中国が激している最大の理由は、インドが国境の紛争地域まで道路を延長し、近くに滑走路を建設するなど、これまで以上に“本気”を見せ始めたからである。この係争地は、標高5000メートルもの高地にあるため、小さなヘリでしか物資を補給できなかった。ところが現在は、滑走路のおかげで「C-17」という巨大な米国製輸送機も発着できるようになり、インド軍の物資供給量は500倍も増えたのである。

米国は、通常、「C-17」は他国に売らないが、インドには売った。これは、米国とインドとの実質的な“同盟関係”の証だ。「P-8Iネプチューン」という哨戒機も米国から購入している。インドは正式な条約を交わした米国の同盟国ではないが、こういう形で米国はインドを支援しているのだ。

確かに経済面、貿易面では、「米中関係」というものは存在する。しかし、「戦略」の世界に存在するのは、「米中対立」ではなく、「海洋同盟と中国との対立」だ。中国は、日本からインドに至る広大な周辺地域における、みずからの敵対姿勢によって、合計すれば、中国よりも人口が多く、経済規模も大きく、科学技術も進んでいる「海洋同盟」を構築する役割を進んで果たしているのだ。私が習近平の顧問だとすれば、「満州人に話を聞け」と言うだろう。清朝時代に版図を拡げて現在の中国のサイズを決めた満州人は、帝国を運営するための「戦略」を熟知していたからだ。ところが習近平は、戦略的に完全に失敗しているのである。

中印国境を警備するインド兵

45年ぶりに死者が出た中国インド国境紛争

政治介入による封じ込め失敗

さらに中国は、新型コロナ禍で、みずからの無能ぶりを世界に曝けだしてしまった。これは、インドと比較すれば分かる。

インドには、各地で流行している風土病が数多くある。ところが、このような風土病は、地域限定の流行に留まり、インドの外に広まることはない。現地の公衆衛生担当の部局が、政治家の言うことを決して聞かないからだ。

私がインドのバンガロールにいた時のことだ。日本脳炎のアウトブレイクが小さな村で起きたが、その地域は、衛生当局によってすぐに隔離されて、ことなきを得た。

ところが、北京政府の対応は違った。政治が介入することで、しかも習近平自身が介入をすることで、このウイルスを世界に広めてしまったのだ。流行発生当時、武漢では、春節(旧正月)の2つの大パーティーが開催予定だった。その一つは、4万世帯も集める巨大な昼食会で、習近平や中国共産党幹部は中止したくなかった。「ウイルス? それがどうした? 黙っておけ。会合の開催が優先だ!」という政治的判断で、大パーティーを強行したのである。そのおかげで世界は、新型コロナウイルスによる大被害に遭うことになってしまったのである。

これは、中国に関する一つの真理を示している。それは、「大局的な戦略は上手だが、それ以外はすべて下手」なロシアに対して、中国は「戦略以外はすべて上手だが、大局的な戦略は下手」ということだ。現在の中国は、「すべての敵に対して同時に攻撃をしかける」という「戦略」において最もやってはいけない失敗を犯しているのである。

香港問題の本質

「香港問題」の本質も、「米中対立」ではない。

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