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【イベントレポート】第6回文藝春秋CMO Lounge 2022年4月「改正個人情報保護法」に向けた課題と対策 ポストクッキー時代のデータドリブンマーケティング

デジタルテクノロジーの進化により、企業と顧客のコミュニケーションの形は大きく変化した。データ分析に基づくマーケティングの高度化・効率化、顧客の声なき声を起点としたサービスの改善、顧客一人一人と向き合ったブランディングなど、新たな価値創出の機会として「デジタルデータ」の活用は不可欠となっている。

一方で、「個人情報の取得」に関する世界的な規制の動きや、2022年4月より施行を控えている「改正個人情報保護法」など、活用と規制の間で課題の整理と対策が求められている。特に「3rd パーティ・クッキー」の利用規制は、デジタルマーケティングの根幹を揺るがす動きとなっており、その動向に注目が集まっている。

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8月24日に開催された、第6回CMO Loungeは、「ポストクッキー時代のデータドリブンマーケティング~キーワードは、生活者とブランドの『信頼関係』の構築~」をテーマに選定。生活者に個人情報を預けてもらえる企業に必要な「信頼関係」の構築方法や真摯なマーケティングの方向性について、実践者の講演とディスカッションを通じ考察がなされた。

◆キーノートセッション

「2025年のデジタル資本主義」
〜ブランドに求められる、個人情報の取得の意味と意義の再考〜

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立教大学ビジネススクール 教授
田中 道昭 氏

田中氏は、シカゴ大学経営大学を修了(MBA)。専門は企業戦略&マーケティング戦略およびミッション・マネジメント&リーダーシップで、三菱東京UFJ銀行投資銀行部門調査役、シティバンク資産証券部トランザクター(バイスプレジデント)などを経て現在は大学で教鞭を執るほかマージングポイント代表取締役社長も務めている。

DX(デジタル・トランスフォーメーション)の時代に、非デジタルネイティブ企業としてDXを成功させ、顧客とデジタルでもつながり、その結果として個人データも取得した企業が米国のウォルマート。同社がどのように成長戦略を実行しているかベンチマークすべきで、そこに日本企業のDX成功の鍵が見えてくる、同社の戦略にブランドに求められる個人情報の取得の意味と意義がある、と田中氏は口火を切った。

ウォルマートは売上高を、2021年に2019年比で108.7%まで伸ばした(日本のイオンは同時期比で101%)。コロナ禍での同社のDXでの躍進は、以下の3点による。

1. 3密回避需要を受け、キャッシュレス機能搭載のアプリが消費者に浸透 (デジタルで顧客とつながる)
2. 同アプリにより、アプリで注文・指示、店舗で商品受取の流れが加速 (デジタルで利便性向上)
3. リアルとデジタル双方での顧客接点を活かし広告プラットフォーム事業展開 (デジタルで成長戦略展開)

3番目が「データドリブン」を考えるにあたり最も重要、と田中氏は述べた。同社は2021年1月に広告プラットフォーム事業「ウォルマート・コネクト」を開始。顧客とのオフラインとオンラインでのタッチポイントを活かして 5年以内に全米トップ10の広告プラットフォームにすることを目指している。DXでデータを集積し、自らをメディア化するとともに“新しい広告事業”も創出した、と同社を評価。全ての会社がメディアカンパニーとなることが求められている、と述べた。

なお、非デジタルネイティブ企業である同社のDX成功は短期間で成し得たものではなく、

1. アマゾンを徹底的にベンチマークしてきたこと
2. デジタルネイティブ企業流のカスタマーセントリックにシフトさせてきたこと
3. 企業文化の刷新にまで手をつけたこと
4. EC事業を買収し、そのトップにDXを任せ自らも直接学んだこと
5. DXとしてやるべきことを着実に実行してきたこと
6. デジタルで顧客とつながったこと
7. ウォルマートらしさや強みを活かし、さらにDXでそれを伸ばしてきたこと

以上を長年、地道に行ってきたゆえである。特に「3. 企業文化の刷新」にまで取り組んだ結果であることを指摘。顧客とデジタルで繋がり(コネクト)、デジタルと人で関係を深め(エンゲージ)、デジタルで成長させる(グロース)。以上の3つを腰を据えて丁寧に行っていくことが大切で、個人情報やデータを集めることそのものが目的になってはいけない、と強調し講演を締めた。

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♦ゲストセッション①

「脱クッキー時代の顧客戦略」
〜今こそ試される「顧客との約束」〜

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株式会社DINOS CORPORATION
CECO(Chief e-Commerce Officer)
石川 森生 氏

石川氏は大学卒業後SBIホールディングス株式会社、ファッション通販サイトのマガシークを経て、2014年1月、株式会社TUKURUを創業。2016年2月より、DINOS CORPORATIONでCECO(Chief e-Commerce Officer)として、既存の枠組みを超えるサスティナブルなECビジネスを構築する、というミッションを実践している。

個人情報の利用制限に世界が動き出している今、顧客にパーミッション(承諾)を得て、納得して個人情報を提供し続けてもらうにはどうするか。顧客が企業に個人情報を委ねる理由は何か? を石川氏は考えてきた。そしてそれは「データを預かることで、それ以上のサービスをお返しするという約束をすることだ」というひとつの結論に達したという。

同社が運営する通販ブランド「ディノス」では顧客価値を最大化する投資を行い、サービス商品を強化して顧客に喜んでもらいリテンションを上げる施策を実行している。具体的には

1. 0パーティ・データ(顧客が積極的・意図的に企業と共有するデータ)の活用
2. 自然言語解析AI技術への投資(クッキーに代わる情報取得手段)
3. データバンクの模索

を行っており、さらに+αとして「自社アプリの機能強化」を行っている。

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アプリには2年ほど前に顧客サービスのために「スキャン」という機能を追加した。表紙や誌面をスマホにかざす(スキャンする)と、商品の在庫や価格がわかる仕組み。以前はカタログ(紙)を見て気になる商品があった場合は、電話するか当社ウェブサイトで検索するステップだったが、利便性を高めた。

顧客がスマホをカタログ誌面にかざす行動のログをアプリ経由で収集しており、購入実績(ロイヤリティ)によって購入できる価格も顧客により変えている。従来はカタログを送ったこと、買ったことなどしか分からなかったが、「何ページも見て楽しんだけれど買わなかった」「ダイニングテーブルのページをよく見ているから近々ダイニング関連商品含め何か購入いただけそう」といった詳細なデータが得られるようになった。

顧客の心理や嗜好を把握し、対応する情報をプッシュ型で提供できるようにもなった。その一つが、最短で24時間以内に顧客のポストに届く、写真やQRコード入りの「ハガキのDM」だ。顧客のカタログ閲覧行動や購入履歴に連動してDM掲載のお薦め商品はパーソナライズされており、メールに比べレスポンスは非常にいいとのこと。デジタルをアナログと結びつけることで購入につなげているのだ。

また、顧客ごとにカスタマイズした小冊子をDMで送る場合も、過去にその顧客が購入した商品の写真を表紙に配し、「Like it!~~毎日の着こなしのご参考になりますように」というコピーを入れている。中面も、購入履歴と、パーミッションを得てディノスが取得できるようになっている顧客のインスタグラム・データを分析し、好みに合いそうな商品でのコーディネートやお薦め商品を掲載している。画像認識系AIやSNSデータを活用し、テクノロジーに寄せて制作し最後に紙に刷ってアナログで届けている。こちらも成約率は非常に高い。

「強いサービスを持つところには、顧客はデータを提供してくれる」と信じて広告をどうするかを考えるだけでなく、手厚い顧客還元をしてみるのもひとつの手ではないだろうか、と提言をした。

♦ゲストセッション②

ベイシアが進めるリテールマーケティングDX

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株式会社ベイシア
マーケティング統括本部 本部長 デジタル開発本部 本部長
亀山 博史 氏

亀山氏は大学卒業後マツモトキヨシ入社。その後米国にてMBAを取得。アビームコンサルティング、富士通総研、アマゾンジャパン、スターバックス コーヒー ジャパンを経て、2020年10月にベイシアのCMO、CDOに着任。

ベイシアグループは売上高年間約1兆円で、ベイシアは、衣食住をフルラインで取り扱うショッピングセンターチェーンの経営を行っている(グループ会社にはカインズ、セーブオン、ワークマンなどがある)。企業文化の変革(CX)を意識しつつDXを鋭意進めており、アプリの改良、楽天とのネットスーパー契約、オウンドメディア開始、ID-POS分析ツールの導入、ポイントプロモーション自動化などの施策を実施・実行した。

亀山氏主導によるDXはまだ緒に就いたばかり。「健康とおいしさがあふれる便利な節約生活の実現を支える顧客体験の醸成」をデジタルコンセプトにしている。

アプリの魅力と機能を増して顧客のライフスタイルを把握し有益な情報を提案すること、会員増加とエンゲージメントの強化、顧客との信頼関係の構築にまずは取り組んでいる。売り上げ/ファン/寄り添い/楽しみの4つの増加に繋げ、生活必需企業となることを目指している。

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ベイシアの顧客データ分析コンセプトは「お客様のライフスタイル、指向性から分析を行い、本当に寄り添った提案ができるようになりたい」。商品ひとつひとつに商品DNAの属性定義を行い、集めた購買データを分析して「健康」「高級」「価格重視」「時短」などの志向ごとに顧客をグループ化してマーケティングに活かしていく予定。顧客に寄り添うための価値あるデータ収集と分析を目指しているとのことだ。

♦ディスカッション・まとめ

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『文藝春秋』編集部の渡邉庸三の司会のもと、各自の公演の要点を振り返り、踏まえつつディスカッションが行われた。

デジタル×アナログ/デジタル×リアルの効用、GAFAのデータドリブン、NPS(ネットプロモータースコア=顧客ロイヤルティを測る指標)、ビッグデータへの向き合い方、企業グループ内のデジタル戦略の構築法とノウハウの共有について、セールスフォースなどのITパートナー(ソリューション・プロバイダー)への希望と協働について、など話題は多岐にわたった。

最後にDINOS CORPORATIONの石川氏は、リアルで培ってきた価値をデジタルにどう移行させるか、がDXではない。自分たちの強みを、デジタルを使ってどうアップデートし増幅するか、を考え抜かなければならない。自分たちの強みや価値を見つめ直してDXを推進してほしい、と述べた。

ベイシアの亀山氏は今回の主題である「ポストクッキー時代」に言及。人を24時間情報で追いかけ回すクッキーは人権侵害に近い、と問題視。これからは人の感情や思いを正しく理解してニーズを捉えて「寄り添うこと=必要としているときだけにコンタクトする節度」が世界中で求められている、デジタルは本当に顧客が望んでいることをかなえて差し上げる謙虚さが必要だ、とコメント。顧客と企業がIDを交換してサービスを提供するアプリは理にかなっているし重要、と述べた。

立教大学ビジネススクール教授の田中道昭氏は、以下のようにまとめた。企業が顧客とデジタルで繋がることは必須。しかし、顧客は「その企業と繋がりたい」というモチベーションがないと実際に繋がってくれない。アプリなのかLINEなのかはあくまで手段であって、重要なのは顧客に「繋がりたいというモチベーション」をどう持たせてあげられるか、企業や商品の何が魅力なのかをきちんと知ってもらうことが大切。企業や商品の独自性・強みを活かして、どういう手段を使ってつながってもらうのか、信頼関係を築くのかをよく考えるべき。

写真⑨

ポストクッキー時代のDX、データドリブンマーケティングのあるべき姿が浮き彫りになった有意義なセッションであった。

2021年8月24日 文藝春秋にて開催  撮影/今井 知佑
役職・肩書は当時のものになります。

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