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旅の歌、人生の歌|きたやまおさむ

文・きたやまおさむ(精神科医・白鴎大学学長・作詞家)

私は専門が精神分析学で、最近それに学長という肩書が加わりました。しかしその前から副業が作詞家で、55年の間でプロが録音してくれた歌が400曲くらいはあります。

それで歌はどこで生まれるのかとよく問われるのですが、いつも「旅の途中で」というのが私の答えなのです。「百代の過客」と言った芭蕉をひくまでもなく、作品が旅で生まれるのは当たり前のことなのです。そして、多くの歌人や詩人が、旅の途中で名句を紡ぎ出してきたのです。

人生が旅の比喩で描かれ、旅の歌が人生の歌となる。旅するミュージシャンや芸術家は土地土地でパフォーマンスを行い、出会いや別れを繰り返してまた旅に出る。有名無名の旅芸人や吟遊詩人の伝統はおそらく定住した人類が旅を始めて以来ずっと続いていると思われます。古典「防人歌」では、東国から九州に赴いた作者が別離や望郷の思いを言葉で紡いだのです。

それで、私個人の歌の話をしましょう。というのも、東京と勤め先のある九州の間を夜汽車で行くのが大好きでした。とくに、東京を出て京都、大阪を通り過ぎる深夜までが創作の時間帯でした。暇つぶしではなく、この移動の間こそが歌作りに最適だったのです。メロディを録音した音源をイヤフォンで聞きながら列車に揺られると、知らず知らずに歌が生まれたのです。車輛の揺れがリズム感を体にもたらし、こころまで揺れるなら、こういう旅のエッセイのアイデアまで浮かんできます。

若い頃の海外旅行でもそうでした。アメリカのバス旅行は、西海岸から東海岸まで1週間足らずの行程でした。その、町から町へ移動する車中に、ゆったりした創造の時間が訪れました。ヨーロッパの鉄道でも当然夜の旅がおすすめですが、夢見心地の夜行列車は危険が伴うことも強調しておきましょう。

さて、コロナ禍でどこにもゆくことができず、ずっと家にいるので旅ができません。それで先日、「こころの旅」に出てみようと思い、旅としての人生を歌い上げる楽曲を並べてみたのです。

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