
【87-芸能】ハリウッドの中国戦略は実写版「ムーラン」騒動が転換点になる|岡田敏一
文・岡田敏一(産経新聞編集委員)
中国へのごますり
新型コロナウイルスの感染拡大で大打撃を受けている米ハリウッドがさらなる激震に見舞われた。“震源地”は2020年9月公開の米ディズニーの新作映画「ムーラン」だ。
1998年公開の米ディズニーの同名長編アニメーション映画の実写リメイク版だが、主演女優の劉亦菲(リウ・イーフエイ)さんが、香港国家安全維持法(国安法)に対する抗議活動が拡大中の2019年8月に「香港警察を支持する」などと交流サイトに投稿した一件が蒸し返され、民主活動家らが憤慨。さらに公開後、中国政府による少数民族弾圧が国際問題化する新疆ウイグル自治区当局の協力に対する謝辞がエンドロールに記されていたため、激しいボイコット運動が起きたのだ。
特定作品へのボイコット運動に戸惑いを隠せない米ハリウッドだが、彼らが本当に衝撃を受けたのは、清廉潔白なイメージのディズニー・プリンセスがキナ臭い政治問題に初めて巻き込まれてしまったことだった。
世界最大の映画市場を抱える北米の2019年1年間の総興行収入は約114億ドル(約1兆2000億円)。対する中国は約93億ドル(約1兆円)で2位だが、その差は2016年以降、年々縮少。米市場がコロナ禍で大打撃を被ったという特殊要因もあり、2020年10月18日、僅差ながら、遂に中国が初の1位となったことが分かった(同日付米業界誌ハリウッド・リポーター電子版)。
そんな中国市場への米ハリウッドの擦り寄り方は近年、露骨だった。始まりは2012年のSFタイムトラベルスリラー「LOOPER/ルーパー」だ。この作品、中国の映画会社DMGエンターテインメントが製作陣に名を連ねた関係で、舞台がパリから上海に変更。中国の人気女優、許晴(シユイ・チン)が未来の主人公の妻を演じた。
翌13年の「アイアンマン3」は米ディズニー傘下のマーベル・スタジオとDMGが共同製作。そのため、欧米や日本で公開する通常版とは別に、中国受けを狙った“中国版”を製作した。米ハリウッド初の珍事に業界がざわついた。