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昭和天皇「生誕120年」新資料発見 GHQが奪った天皇家の財産——保有株26社4400億円リスト

日本銀行、帝国ホテル、南満洲鉄道、朝鮮銀行……GHQは何を奪ったのか? 85年ぶりに発見された宮内省のマル秘資料が明かした衝撃の真実。/文・奥野修司(ノンフィクションライター)

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昭和11年に皇室が所有していた株式のリストが85年ぶりに発見された。ここには、当時の皇室が所有する資産だけでなく、予算の配分やその明細も記されていて、皇室財産の全貌がわかる
▶︎当時の皇室が所有していた金融資産は、現在の貨幣価値で4400億円ほどだ
▶︎日本を占領したGHQは、財閥解体と同じ線上で皇室財産を処理していった。係累の皇族を皇籍離脱で解体し、莫大な財産も課税という形でほぼすべてを国庫に移管させた

宮内庁の門外不出の資料

以下の表を見ていただきたい。歴史の転換期となった昭和11年に、皇室が所有していた株式のリストである。いずれも当時の日本を代表する会社だ。このリストは、私の手元にある『昭和11年度 宮内省豫算案』(以下、「予算案」)という文書に収められていて、ここだけが手書きのガリ版刷りになっている。右上に「秘」の印が押され、その下に「内大臣 昭和十年十一月廿九日令達」とペンで書き加えられているのは、当時の牧野伸顕内大臣に説明するために書いたものだろう。ここには、当時の皇室が所有する資産だけでなく、予算の配分やその明細も記されていて、皇室財産の全貌がわかる文書のようだ。茶色く変色しているが、85年も前の文書とは思えないほど保存状態がいい。

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㊙とされた「予算案」保有株の銘柄が並ぶ

皇室が株式に投資した会社は日本銀行を筆頭に26社。そのほとんどが「特殊銀行」であり「国策会社」である。特殊銀行とは、特別な法律を基に設立した政府系金融機関のことで、日本銀行を含めると8行あるが、このすべてを所有している。国策会社は、南満州鉄道のように、国策を推進する目的で設立された半官半民の会社である。いずれも戦前の日本の屋台骨だ。

昭和11年度に皇室が株式へ払い込んだ総額は約6230万円(以下、1000円単位切り捨て)。当時の大卒初任給などから単純換算すると2800倍で現在の貨幣価値に相当するから、約1800億円だ。ここから得られる配当収入は約521万円(現在の価格で約150億円)。ちなみに、日本銀行と横浜正金銀行だけで、配当収入の8割を占めている。

金融資産には毎年配当がある。株券の配当に加え、国債、地方債、社債の配当、そして預金利息を加えると約944万円になる。この他に約120万町歩と、ほぼ新潟県に匹敵する面積の御料林から上がる収益が約1519万円。これらが昭和11年度に皇室が所有していた資産から得た収益である。

資料が私の元に来た経緯は明かせないが、皇室財政を研究している専門家によれば、「この資料は当時の政府のみならず、宮内省の役人も知り得なかったもので門外不出だったのですから、宮内庁の外で発見されたとは驚きです」と言った。天皇家の金融資産

天皇家の金融資産

4400億円もの金融資産

情報公開法が一部改正された2011年から、宮内庁では「會計豫算決算録」(以下「決算録」)を公開している。当時は暦通りの決算だから、この「予算案」は昭和10年に書かれ、「決算録」は12年に作成されたはずだ。「予算案」と「決算録」を比較すれば、時代の転換期となった昭和11年に、天皇の資産など生活の一端をうかがえると同時に、皇室が莫大なお金をどう動かしたかもよく分かるはずだ。当時、昭和天皇は35歳。言うまでもなく、この年は二・二六事件が起こった年である。

現在の皇室費はすべて国から拠出されているが、当時は違った。国庫からの移入もあったが、基本的に皇室が所有する資産を運用することで利益を上げ、それで皇室の歳出費用を賄っていたのである。資産とは有価証券と土地である。ここからの収益は、(1)御資会計収支部が管理する有価証券の配当および利子所得。(2)御料林からの収益である帝室林野局の余剰金。それに(3)国庫から繰り入れる定額の皇室費450万円を加えた3つだ。このお金を下流である「通常会計」に入れるが、この会計は経常部と臨時部に分かれる。

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決算録

戦前の皇室会計を「御資会計」というが、近代の皇室制度を研究している成蹊大学文学部の加藤祐介助教によれば、

「通常会計が基幹的な会計で、ここに国庫からの皇室費と皇室財産からの収益を入れて歳出を賄っていました。御料林からの収益(帝室林野局)と国庫からの繰入金は経常部に入れ、それで足りなければ、有価証券の収益を管理する御資会計収支部から臨時部に入れて整えます。いわば調整弁です。余った有価証券の収益や、使われなかった予算は御資会計財本部というところに戻します。ここはどんどんたまっていく会計で、このお金は新規の投資に回ります」

面白いのは、使い切り予算ではなく、余ったら財本部に戻せということらしい。ちなみに帝室林野局の余剰金というのは、主に伐採した材木や木炭の売却費で、この収入が約1519万円で歳出は951万円。差し引き568万円が利益である。このうち442万円を通常会計経常部に移入している。

通常会計臨時部の大半が「御資会計収支部よりの移入」、つまり有価証券からの収入である。この年の有価証券からの収入は繰越金を含めて1195万円。ここから684万円を臨時部に移し、残りの511万円を財本部に移した。財本部では、このお金に帝室林野局の利益の一部を加えた632万円を、株券や公債などの再投資に回したはずである。

昭和10年に開かれた予算委員会の記録に〈財本は年々増加し居り、(略)本年10月1日現在は1億5675萬円にして〉(原文はカタカナ)とあるから、当時の皇室が所有していた金融資産は、現在の貨幣価値で4400億円ほどだ。

それにしても、これほど巨額の財産を、皇室はどういうふうに蓄積していったのだろうか。

「明治初期の宮内省は、必要な経費を国庫に依存していて、その都度大蔵省に申請していました」と京都大学人文科学研究所の池田さなえ助教(現・大手前大学専任講師)は言う。ところが明治14年、10年後を予定した議会開設の詔(みことのり)が発せられると状況が変わる。天皇が国会に左右されては困るということで、自己完結型の皇室経済を目指したのだ。中心になったのが伊藤博文である。明治18年、まず政府が所有していた日本銀行(発行株数の2分の1)と横浜正金銀行(発行株数の3分の1)の株を皇室に移管し、その2年後には日本郵船株も移入した(181ページの表参照)。

天皇家が株を買った時期

植民地開拓に投資も

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