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カミュ「ペスト」は教えてくれる。“疫病という不条理”に反抗する最後の方法を

新型コロナウイルスが猛威をふるう中、ある本が世界的ベストセラーになっている。1947年にアルベール・カミュが発表した小説「ペスト」だ。なぜ今、「ペスト」が読まれているのか。フランス文学者で学習院大学文学部教授の中条省平氏が、この名著の真髄を語り尽くした。

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中条氏

不条理の群像劇

新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、フランスの作家アルベール・カミュが1947年に発表した長編小説『ペスト』が、日本のみならずイタリア、フランス、英国などでも読まれ、世界的なベストセラーになっています。2018年6月に私が同書を解説したNHKの番組「100分 de 名著」も先日再放送されました。

この小説は、古来より何度も世界的大流行を起こした致死率の高い感染症であるペストの猛威にさらされたフランス領アルジェリア(当時)の港町オランが舞台です。感染拡大を防ぐため外界から完全に遮断された都市で、ペスト菌という見えない敵と戦う医師リウーやその友人タルーらの群像劇を通して、不条理に直面した時に示される、人間の様々な行動を描いています。

70年以上前に書かれた小説が、いま再注目されているのは、小説で描かれた世界と現在のコロナ禍の世界に、多くの共通点を見出すことができるからでしょう。

まず、ペストが蔓延することになる「194*年のオラン」では現代社会と同じように経済最優先の市民生活が営まれています。

〈ここの市民たちは一生懸命働くが、それはつねに金を儲けるためである〉

と物語の冒頭で記されるように、この街では新聞を開けばまず経済のことが目に入るし、お金をどう儲けるか、どう裕福になるかということばかりが問題にされています。

そもそも植民地というのは、経済的利益の搾取のために、他国による支配がおこなわれている場所ですから、その意味では、経済最優先であるのは当然のことともいえます。

事なかれ主義を批判

そんな街で突然「天災」として疫病が発生した時に、何が起こるか。

医師リウーはオラン市で「謎の熱病」が流行し、死亡例が出始めていることを危惧します。そしてこの疫病が「ペスト」であると確信し、役所に、緊急の対策をとるよう訴えます。しかし、法や行政は、現実より形式的な言葉の方を大切にしますから、ペストがもたらす災厄への対応ではなく、ペストという言葉をどう定義するかとか、もし今流行している熱病をペストと認めた場合に、社会活動にどんな影響をもたらすかといったことばかりを議論し、ペストが「ペスト」であることを認めないのです。カミュは小説の中でそうした官僚的な「事なかれ主義」を徹底して皮肉に描き、強い批判を行っています。

〈医師たちは相談し合い、リシャール(医師会の会長。官僚的な姿勢を代表するような人物として描かれる)が最後にこう言った。

「つまり我々は、この病気がまるでペストであるかのようにふるまう責任を負わなければならないわけだ」

このいいまわしは熱烈に支持された。(中略)

「いいまわしはどうでもいいんです」とリウーは言った。「ただ、これだけは言っておきましょう。我々はまるで市民の半数が死なされる危険がないようにふるまうべきではない。なぜなら、そんなことをしたら、人々は実際に死んでしまうからです」〉

こうした場面は驚くほどのアクチュアリティ(現代性)をもって、読者の胸に響くのではないでしょうか。今回のコロナ禍でも「経済活動を制限してはいけない。経済が回らなくなったら、そもそもコロナの蔓延の前に多くの人が死んでしまう」といった趣旨の、経済活動を何より優先する言説が、流行の初期段階でずいぶん出てきましたが、それとまったく同じ状況が『ペスト』では描かれているのです。

そして結局、行政はペストという病名すら認めず、何ら有効な対策を打ち出すことができないうちに、オランでは死者の数がうなぎのぼりに上昇していきます。ようやくペストという病名が認められるのは、責任を回避していた知事のもとに電報が届き、植民地総督府から「ペストの事態を宣言し、市を閉鎖せよ」という命令が下された時でした。つまり市を丸ごと封鎖し、ペスト地区として隔離する――いまでいうロックダウンを行えという命令ですね。

そしてカミュはこうしたある種の監禁状態に置かれた人間が極限状況にあってどのようにふるまうかを描いています。ペスト発生から4カ月がたち疫病の猛威が頂点に達すると恐怖や別離や追放の感情に人々は集団的に支配されていきます。まず、やけになった一部の者たちによる放火や襲撃、略奪が起きる。そして感染防止の理由から死者の葬礼が禁止されます。死者の数が多すぎていちいち葬儀をしていられない状況になり、やがて、親しい人の別離に苦しんでいたはずの人々が記憶も想像力も失ってそれに「慣れて」しまうようになるのです。

〈市民たちは足並みを合わせ、災厄にいわば適応していった。というのも、それ以外にやり方がなかったからだ。当然のことながら、まだ不幸と苦しみに接する態度をとってはいたが、鋭い痛みはもう感じていなかった。しかし、たとえば医師リウーは、それこそがまさに不幸なのだと考えていた。絶望に慣れることは絶望そのものよりも悪いのだ〉

絶望に慣れるという最悪の状態とまではいかなくとも、この記述に現在の状況を重ねる人は多いのではないでしょうか。こうしてさらってみただけでもわかるように『ペスト』で描かれる世界は現代と通じあう。私たち読者はそうした描写にカミュの先見の明を感じ、この作品のアクチュアリティを認識する。そこに、今この小説が再注目されたきっかけがあるのでしょう。

ファシズムとペスト

ただ、感染症の蔓延によりどう人間がパニックに陥るかを描いた小説や映画は、『ペスト』のほかにも多くあります。しかし、今とりわけ、この小説に注目が集まっているのは、カミュが疫病の蔓延する封鎖された街で何が起きるのかを描いただけでなく、「疫病という不条理」に反抗し、戦う人々を丁寧に描き出したからでしょう。カミュの小説家としてのすごみも、そこにあります。

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アルベール・カミュ

カミュがこの小説を描いた当時、ペストはヨーロッパで200年以上大規模な流行が発生しておらず、忘れ去られつつある疫病でした。カミュは作家の想像力を駆使して、自分たちの生きる社会にペストが蔓延したらどうなるかを描いたのです。

『ペスト』が発表された1947年は第2次世界大戦の終了からまだ2年。戦争の傷跡も鮮明で当時の読者は、ペストという原因不明の災厄に「ナチス・ドイツに象徴されるファシズムの侵略と脅威」を重ねるのが一般的でした。カミュ自身もファシズムと戦ったレジスタンスの闘士でした。

一方、カミュにとってこの小説で描かれた「ペスト」とは、世界を覆いつくしている「不条理」の象徴だと言っていいと思います。

「不条理」は、カミュという作家を理解する上でのキーワードです。不条理とは、この世界のありかたが、筋道が通っていない、ばかげたものだ、ということを意味しています。しかし、そうした世界の不条理(例えば、それは戦争や疫病、自然災害だったりします)が人間から自由を奪って、何の罪もない人にすら死や不幸を与える。人間はそういう「不条理な世界」に無防備のまま裸で放り出されている。これがカミュの根本的な世界認識です。

不条理との戦いの連続

こうした世界認識には、彼が人生で経験した4つの出来事が影響していると、私は考えています。

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