__吉野彰

ノーベル賞受賞!リチウムイオン電池はこうしてできた

文・立花隆(評論家)

 ノーベル化学賞を受賞する2年前の2017年、旭化成本社におもむいて、顧問の吉野彰氏に取材をした。以前から次の日本人ノーベル賞最有力候補者の1人として、名前が挙がっていたからだ。

 リチウムイオン電池の発明で今回の受賞となったわけだが、電池といえば、ちょっと前まで一般の人が知る電池は、昔ながらの乾電池(単1、単2、単3)と鉛蓄電池(自動車用)があって、あとは時計用の水銀電池ぐらいだったろう。しかし、いまやスマホもカメラもノートパソコンもその他もろもろの携帯電子機器のたぐいすべてがリチウムイオン電池で動いている。20世紀末から21世紀にかけて登場した新しい文明機器のほとんどが、リチウムイオン電池によって動かされているといっても過言ではない。リチウムイオン電池は現在世界で年間10億個以上が生産・使用されている現代社会の基本的エネルギー源である。その基本特許を持っているのが旭化成である。

 リチウムイオン電池が生まれる過程には多くの人がかかわっているから、ノーベル賞委員会の見立てによって、具体的な受賞者の名前に多少のちがいが出てくる可能性があったが、吉野氏の名前がリストから抜けることはありえなかった。グローバル・エネルギー賞(ロシア)、チャールズ・スターク・ドレーパー賞(アメリカ)など、ノーベル賞に並ぶ、科学と技術の世界において先駆的業績をあげた者に与えられる賞を吉野氏はすでに受賞している。

 現在使われている形のリチウムイオン電池の原型を開発したのが、吉野彰氏であり、その基本的仕組みも、基本的製造上のノウハウも、すべて特許にしてしまったので、旭化成は、かつては東芝と共同出資の会社を作って自ら電池を製造販売していたが、いまは電池に関してはもっぱらライセンス商売と基幹部品の製造販売で儲けており、旭化成印のリチウムイオン電池がどこかにあるわけではない。

 先日、日本経済新聞社が、毎年恒例の「主要商品・サービスシェア調査」を発表していたが、そこでリチウムイオン電池の項を見ると、1位がアンプレックステクノロジー、2位がサムスンSDIである。しかし、リチウムイオン電池向けセパレーターでは旭化成がトップシェアを維持している。セパレーターというのは、電池の中で電解液という化学反応の中心的担い手の陰(マイナス)極側と陽(プラス)極側がまじり合うのを防ぐためにさし込まれているプラスチック製境界板のことである。このセパレーターには、ミクロン単位の微細な穴が空いており、その穴を通して特定のイオンが通過したり、通過しなかったりする。それがうまくいかないとリチウムイオンが結晶となって析出し、ついには過熱して発火する。ソニーのノートパソコン発火事故、サムスンのスマホ発火事故、ボーイング787の発火事故など、リチウムイオン電池関連の発火事故のほとんどはこのセパレーターの不具合に起因している。つまりリチウムイオン電池の生命線はこのセパレーターにある。ここが技術的にもむずかしく、利益率も高いところだから、旭化成はそこをしっかり今も自分の手で握っていることが、その圧倒的シェアからわかる。

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