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【3-国際】トランプが残した“負のレガシー”をバイデン新大統領はいかに克服するのか|藤原帰一

文・藤原帰一(東京大学大学院法学政治学研究科教授)

一言で表せば「トランプが負けた選挙」

2020年の米大統領選挙は、民主党のバイデン前副大統領がまれに見る接戦を制しました。しばらくの間、現大統領のトランプが「勝ったのは自分のほうだ!」と言い張って、抵抗を続けるでしょうが、終わりは見えたと言っていいでしょう。

トランプは途方もないウソやデタラメを言い放つことで、熱狂的な支持者たちに解放感を与え、人気を集める“ショーマン”です。

4年前のヒラリー・クリントンとの選挙戦においても、トランプは「選挙結果を受け入れるか」とテレビ討論会で問われると答えをはぐらかし、翌日の集会で「もし私が勝てば(受け入れる)」と言っていました。自分が勝てばいいが、負けたら認めない。その姿勢は一貫しています。大衆を煽動して注目を集める力は、今回の戦いでも如実に示され、前回選挙よりも票を積み増しました。

それでもバイデンには及ばなかった。そして、アメリカという国は、世界で最も歴史のあるデモクラシー国家であり、建国当時、ヨーロッパ諸国が君主制だったのに対して、国民の自由を保障した憲法を持っていることが誇りでした。選挙は武力を用いない権力闘争だからこそ、僅差で競っていたヒラリーも、2000年の大統領選でブッシュ・ジュニアとフロリダ州の得票再集計で連邦最高裁まで争ったアル・ゴアでも、最後は自ら敗北を宣言しました。トランプが大統領の座に居座るのは無理でしょう。

後世、今回の大統領選を振り返ったとき、一言で表現すれば、「トランプが負けた選挙」に尽きるでしょう。さらに二言目を続けるとすれば、どうでしょうか? それがまだ見えないのです。トランプが大統領の座から去ったところで、世界からポピュリズムがなくなるわけではないし、アメリカという国家の分断状況が解消されるわけではないからです。

「アメリカ・ファースト」からの脱却

では、バイデンが大統領に就任したらアメリカはどう変わるのか。個人から政府へという変化が起こると思います。

トランプは、政策でも人事でも、誰の助言も聞かず、すべて彼個人で決断を下してきました。就任前は、選挙で好き放題言っていても、大統領になればレーガン元大統領のように周囲の意見を聞き、専門家に任せるだろうと見られていましたが、そうはならなかった。自分と違う意見を言う者は切り捨て、自分より目立った者も追い払う。バノン首席戦略官・上級顧問、ティラーソン国務長官、ケリー首席補佐官、マティス国防長官など、数え切れないほど多くの閣僚や側近が政権から追い出されました。独裁とは違うものの、権力がトランプ個人に集中し、これほどアメリカの政治制度を無視した大統領は見たことがありません。

対するバイデンは、良くも悪くも政治エスタブリッシュメントです。上院議員として36年も活動し、司法委員長や外交委員長を歴任。オバマ政権では副大統領を2期8年務めています。政府の現場で長く経験を積んでおり、多くの専門スタッフによって政策立案が行われる政治スタイルに戻るはずです。

まず、大きく変わるのが「アメリカ・ファースト」という方針でしょう。トランプ政権は、国際社会においてアメリカはいつも他国に利用されるばかりで、損な役回りを押し付けられていると訴えていました。アメリカ第一の姿勢を守り、国連をはじめとする国際機構への協力や負担を減らしていきました。地球温暖化対策の国際的な枠組みであるパリ協定から離脱し、新型コロナウイルス感染症の流行に際してはWHO(世界保健機関)からの脱退を宣言したほどです。

しかしながら、国際機構や同盟関係を活用することで、実際以上の国力を発揮してきたのがアメリカなのです。そもそも国連は第2次世界大戦後にルーズベルト大統領の主導により作られました。ソ連と英国の緊張が予想される大戦末期、欧州から撤兵してもアメリカに有利な安定を維持するための手段だったんです。冷戦期のNATO(北大西洋条約機構)もアメリカの力を補完しました。

バイデン政権はオバマ大統領の時代の外交への回帰を目指すでしょう。同盟国への負担を求めつつも排除はせず、アメリカに有利な国際協力体制を築くわけです。

さらに、バイデンは超党派外交を試みるでしょう。外交においては民主党、共和党の別なく一致団結する。分断の時代となって、忘れ去られてしまいましたが、そもそもはこれが伝統的な外交手法でした。対日関係において、共和党の知日派を起用することも十分に考えられます。

さて、日本との関係はどうなるでしょうか。オバマ政権がTPP(環太平洋経済連携協定)を提示してきた時を思い出せばいいかもしれません。そこにはかつての日米構造協議を彷彿とさせる、厳しい対日要求項目がズラッと並べられました。関税で脅すのではなく、国際制度を通した圧力を加えるのがバイデンの基本的なスタイルになるでしょう。

ただし、トランプが離脱を決めたTPPへの復帰をバイデンが主張するかというと、それは別の話です。民主党の左派は「自由貿易は弱者を犠牲にする」という立場。共和党も反対が多数。議会からの反発が強くて、言い出すことすら困難だからです。

日米関係において喫緊の課題は、在日米軍駐留経費の日本側負担をどうするか、いわゆる「思いやり予算」の交渉です。トランプ政権は現在の4倍にあたる80億ドル(約8500億円)を求めてきたとされますが、これほどの高額を要求してはこないでしょう。

バイデン政権は、アジアの同盟国よりもNATOとの関係修復を優先するでしょう。トランプはヨーロッパ防衛のためにアメリカが過度の負担を強いられているとして、加盟国に防衛費を増やすように要求していました。特にドイツの負担が少ないと批判し、ドイツ駐留米軍の削減計画を2020年6月に発表し、亀裂を深めてしまったところでした。

欧州との関係修復を優先させる理由は、ロシアとイランです。トランプ政権は、プーチン大統領に何か弱みでも握られているのかと勘ぐってしまうほど、ロシアとの関係を重視していました。たとえば、ウクライナ東部で政府軍と衝突する親ロシアの分離独立派が勢力圏を築くのを黙認しました。さらに、シリアの内戦では米軍を撤退させ、アサド政権を実質的に支援するロシアとイランが優位に立ってしまいました。

イランに関しては、2015年に米英独仏露中の6カ国で、イランが核開発を縮小するなら経済制裁を緩和するという「イラン核合意」を結びましたが、トランプが2018年に一方的に離脱して経済制裁を再開し、それどころか、各国に協力しないなら許さないと圧力さえかけました。その後、イランはウラン濃縮を再開しているので、バイデン政権は核合意への復帰を模索するはずです。そのためにも欧州各国との関係修復が不可欠なのです。ただ、イラン国内も急進派が勢力を増しましたから、すんなりと核合意に戻ることはないでしょう。

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