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【イベントレポ】文藝春秋CMO Lounge 「市場」の中の私から「社会」の中の私へ――変わるブランド戦略

CMOとは、Chief Marketing Officerの略語。日本語に訳すなら、「最高マーケティング責任者」となる。博報堂ケトル、キリンビバレッジ、そしてソフトバンク――。未曽有のパンデミックを経験したCMOたちは、今後の新たなマーケティングの道筋をいかに描くのか。

10月23日(金)、文藝春秋が開催したオンラインセミナー「CMO Lounge」の模様をレポートする。

◆キーノートセッション|嶋浩一郎氏

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株式会社博報堂ケトル 取締役・編集者 嶋 浩一郎氏

「市場」の中の私から「社会」の中の私へ

嶋氏は、コロナ禍を経て、生活者の意識が変化したと説く。何事に対しても、それがエッセンシャルか否か、つまり存在意義が問われる時代になったというのだ。また近年、ブランドにとって、「市場における優位性」よりも「社会における共感」のプライオリティが高まった結果、市場における他のプレイヤーとの関係も変化。同業との競争から、異業種との協業が重視される時代になるだろうと予見した。コロナ禍はDX(デジタル・トランスフォーメーション)も加速させる。すべてがネットワーク化される時代、ヒトとモノとの境界線から新たな生活、新たな市場が生まれる。DXにおいては効率化・最適化、つまり利便性が優先されるが、嶋氏は、「コンビニエント ≠LOVE」であると強調し、下北沢「本屋B&B」の経営から得た教訓を披露。ネット書店は顕在化した欲望に応えるが、リアル書店は潜在欲求に訴えかける。つまり、店頭で偶然出会った本に関し、「俺、この本が欲しかったのか」と気づかせるということ。

アメリカでは、D2C(Direct to Consumer)ブランドが雑誌を買収したり創刊したりする動きが盛ん。この事実は、パーパスの語り部=潜在的な欲望を刺激するクリエイティブが必要とされていることの証だと嶋氏は語る。金言が満載のセッションとなった。

◆ゲストセッションⅠ|山田雄一氏

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キリンビバレッジ株式会社 執行役員マーケティング部長 山田 雄一氏

「生茶」を生んだブランド・パーパスとは?

山田氏は、ブランド・パーパス=ブランドの社会的存在意義について、「人々の生活をよりよいものにする」ことを通じて利益を上げ、成長を実現するための基本指針と定義。その要諦は、常に「共感」であり、共感されなければパーパス・ブランディングは成立しないと語った。

キリンビバレッジにおける実例としては、2000年に発売された「生茶」のケースが紹介された。そのブランド・パーパスは、「すべてのお客様のココロとカラダをお茶の『生命力』でおいしく満たす」。
ブランド・パーパスを規定したことにより、マーケティング部員がそれまで以上に商品を誇れるようになったり、戦術に偏りがちだったブランドチームの視座が高く戦略的になったりと、社内にはポジティブな変化が生じた。その結果、一貫性のあるマーケティングを展開することが可能になったのだそう。

「生茶」20周年を迎える今年は、新商品「生茶ほうじ煎茶」が誕生した。近年の無糖茶市場における緑茶と茶色系のお茶の代替傾向に鑑み、生茶と親和性の高いほうじ茶を投入した試みは大成功。発売から3週で販売本数は2,000万本を突破と、過去3年の同社新商品で最速を記録したという。ここにも、ブランド・パーパスが生かされていた。

◆ゲストセッションⅡ|井上大輔氏

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ソフトバンク株式会社 コミュニケーション本部メディア統括部長 井上 大輔氏

ZOOMの登場がマーケティングを変えた

井上氏は、まず、マーケティングサイエンスの第一人者である南オーストラリア大学のバイロン・シャープ教授のインタビューにおける発言を引用することからセッションを始めた。教授は、コロナを経ても消費者のコアなマインドは以前と変わっていないのではないかと疑問を呈しているのだ。

ハート、性根、本能といった人間のエッセンシャルな部分は、目には見えない。だからこそ、それらの動きを対話によって感じていくしかないのだと説く。

ZOOMの登場によって、対話のハードルは下がった。従来、デプスインタビューと呼ばれる消費者との1対1の面談は、対象者にオフィスまで来てもらい、数十人のマーケターがマジックミラーの裏側から観察される形で行われていた。しかし、この手法は圧迫感を伴う。その点、ZOOMならば、自宅にいるまま、リラックスした気持ちで回答が可能だ。

マーケティングのデジタル化が進むと、効率が重視されるようになり、もっぱら目に見える数字が追い求められるようになる。しかし、例えば323件のコンバージョンが生じた場合、その裏には323人の人生があり、323個のハートがあることを忘れてはならない。

ハートと数字、両にらみでやっていくのが、DX時代のマーケティングの要諦なのではないか。井上氏はそう締めくくった。

◆インサイト|笹俊文氏

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株式会社セールスフォース・ドットコム 専務執行役員 笹 俊文氏

4つの「R」と4つの「I」が大事

笹氏は、他の登壇者のプレゼンテーションに対する感服の思いを述べた上で、ITベンダーとしての立場から示唆に富むコメントを行った。

セールスフォース・ドットコムには、「4R with 4I」という指針があるという。Rは、「Right=正しい」を意味する。つまり、正しいターゲットに、正しいタイミングで、正しいチャネルを通じ、正しいコンテンツを届けるということ。

その正しさを判断するために必要なのが、4つのI。顧客に対して興味を持つInterest、そこから入ってくるInformation、その情報から潜在化欲求を見出すintelligence、そして、最後のIは、愛。

カスタマーを単なる消費者と見なさず、人間対人間として向き合うことが重要である。このイベントを通じ、笹氏は改めてその事実を認識したと語った。

◆ディスカッション

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新時代を見据えたマーケティング談議

ラストを飾ったのは、登壇者全員によるディスカッション。博報堂ケトルの嶋氏による司会のもと、ここまでのセッションを踏まえたマーケティング談議が繰り広げられた。

ビジネスの現場においては、時に浮世離れした印象を与えかねないパーパス・ブランディング。それに伴う悩みを、キリンビバレッジの山田氏はこう語る。

「この手法を体系化したり浸透させたりしても、結果が出ないと誰もその重要性を信じてくれない。だから、パーパス・ブランディングを単なる聞こえのいい抽象概念に終わらせてはいけない。それを行うことが、ちゃんとマネタイズにつながっていかなければ」

ソフトバンクの井上氏は、同社のリサーチにおいて、ZOOMによる1対1のデプスインタビューを推進した効果について、さらに詳しく述べた。

「本格的にこの試みを始める以前は、スタッフの企画書に登場するお客さんの写真は、のっぺらぼうのアイコンだった。それが、積極的にインタビューを行うようになったら、企画書の写真が、誰かしら実在する人物の写真に変わった。プランニングする際に、それぞれがきちんと人の顔をイメージするようになったということ」

それを受けた嶋氏は、「暮しの手帖」創刊編集長の花森 安治氏の唱えた実用文十訓を引きつつこう語った。

「“やさしい言葉で書く”、“外来語を避ける”などから成るこの十訓の最後が、“一人のために書く”。確かに、優秀なラジオパーソナリティも、リスナーに対する二人称は“みなさん”ではなく“あなた”であることが多い。それがつまり1 to 1のメッセージ」

コロナ禍を経て、CMOの仕事、マーケティングの技法は今後どうあるべきなのか。数多くのヒントに満ちたイベントとなった。

(2021年10月23日実施)

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