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文在寅が脅える韓国「自由右派」の正体

日本でもベストセラーになった『反日種族主義』が作った新たな潮流は、文在寅大統領の足元を揺るがすか――。いま韓国で巻き起こる新たな歴史観とは一体どんなものなのだろうか?/文・久保田るり子(産経新聞編集局編集委員、國學院大學客員教授)

反文ムードが広がっている

 文在寅政権の暴走が始まった。総選挙(4月15日)を控え、南北対話は中断、米韓は不信、日韓は最悪、国内経済は低迷、国論は分裂と成果のない文政権だが、「ロウソク革命」の仕上げに焦っているようだ。独裁色を強めてきた文政権に対抗すべく、韓国保守陣営には新しい流れが生まれている。「保守とは名乗らない」という新しいアンチ革新、「自由右派」というグループの登場だ。日本でもベストセラーになった「反日種族主義」(李栄薫編著)が訴えた「韓国の危機」への結集がきっかけだ。

 文政権は内政で政権の政治警察になるとみられる高位公職者犯罪捜査処(公捜処)の設置を決め、南北関係では米国の警告を無視して北朝鮮観光の韓国人個人旅行を解禁しようとしている。検察改革を名目に進める公捜処の設置は、政権末期に起きる検察による現政権スキャンダル暴きを阻止して文政権の影響力を次期政権につなぐ目的があり、指導層の保守勢力徹底排除の手段だ。

 文大統領は法相に秋美愛氏を指名、秋氏は大統領府(青瓦台)と対立している尹錫悦検事総長の側近グループの検事を異例の大規模な人事異動で地方や閑職に追いやった。尹氏の力を削ごうとする露骨なやり方だけに、「虐殺人事」とか「粛清人事」などと呼ばれている。

カンバン_文大統領 (3)

文在寅大統領

 また北朝鮮へのべた折れ政策は、まず文大統領が年頭会見で「これ以上、米朝対話だけ見守っているわけにはいかない」と4回も繰り返したうえ、韓国人の北朝鮮観光解禁の推進を宣言した。さっそく南北問題を主管する統一省が準備を始めたため、ハリー・ハリス駐韓米大使が「この問題は米国との政策調整が必要」といさめたところ、大統領府関係者は「不適切な発言」と文句をいい、日系のハリス大使に向けて与党の有力議員が「大使は朝鮮総督か」などと述べるなど、外交非礼ぶりは驚くべき水準まで上がっている。

 すでに韓国政府は「2032年の夏季五輪、ソウル・平壌共同誘致計画」を閣議決定した。文政権は米韓関係を破たんさせてでも北朝鮮との関係改善を目指す覚悟らしい。ハリス米大使は、韓国の独自決定はセカンダリー・サンクション(2次的制裁)の対象になると警告したが、大統領府高官は「内政干渉だ」と、もはやケンカ腰である。

 文政権は、すでに「レイムダックに入った」と指摘する声もある。青瓦台に近い学者によると、「昨秋の曺国法相スキャンダルで潮目が変わった。官僚が青瓦台の指示を聞かなくなった。彼らは青瓦台の指示の文書化を求めている。この先、どうなるかわからない政権なので指示内容を活字で残しておこうという官僚の保身だ。これで与党が選挙に負けたら、行政はもっと動かなくなる。与党が過半数を取れなければ、国会は止まる」という。文大統領の地盤は釜山だが、釜山で与党が負ける可能性もあるといい、趨勢を決める浮動票の多い首都圏でも「反文ムード」が広がっているとする。

 変化の激しい韓国の選挙は、1日あれば逆転するといわれるほどで大勢は投票当日までわからない。だが、保守陣営は文政権の暴走ぶりに危機感を強めている。

韓国「自由右派」の出現

 ソウル中心部の光化門周辺で、「太極旗」と名乗る勢力の反文在寅集会とデモが続いている。文政権が2017年5月に発足して以来、毎週末行われてきた太極旗デモは、文政権の親北路線を批判し、「日本は友人」などと日韓関係進展を支持する勢力で、韓国国旗の太極旗、米国の星条旗に加え、日本の日の丸が振られることもある。

 こうした保守勢力を背景に生まれたのが、新しい流れで「自由右派」と名乗るグループだ。「反日種族主義」の執筆メンバーを中心に、2000年代はじめ、盧武鉉政権下で生まれた新しい保守運動「ニューライト運動」の賛同者たちが主流で、研究者、学者、ジャーナリスト、宗教指導者など有識者で構成され、彼らは自らを「保守」と呼ばずに「自由右派」と名乗っている。

 中心人物のひとり、ジャーナリストの鄭奎載氏はこういう。

「韓国の従来の政治的な保守派は、日本の問題に関して言えば反日感情を持っている人が依然として多いのです。それは保守派の根が、実は民族主義にあるからです。しかし、『反日種族主義』が主張したように、自由主義史観にのっとり、事実は事実として理解して評価していく必要がある。日韓関係をよくするというより、我々の長い歴史については正確な認識がなければならないということです。そういう意味でわれわれは『保守』という言葉は捨てて、自由主義右派という言葉を使うようになったのです」

「反日種族主義」の衝撃

 鄭氏は韓国の大手新聞、韓国経済新聞の元主筆で、現在「ペン&マイク」というユーチューブで発信する保守系ニュースメディアを主宰している。ユーザー登録60万人を超す人気メディアで、保守系ユーチューブ・ニュース登録者数では第2位だ。「ペン&マイク」は昨秋の曺国スキャンダルも報道でリードし、曺国氏追及キャンペーンで辞任の流れを作ったメディアのひとつだ。

「反日種族主義」は昨年7月、韓国で出版されるとわずか1か月余りで12万部を超えるベストセラーになった。徴用工問題や慰安婦問題で韓国政府が主張する強制連行や性奴隷説がいかに虚偽であるかを実証的に提示した。韓国がこれまで日本の植民地統治を土地、食糧、女性収奪だけだったように誇大に喧伝し反日アイデンティティーを根付かせてきたことを「大韓民国の危機の根源」(韓国語版の原題)と問題視して、その「反日」の背景にある呪術的な心性、感情を「種族主義」と名付けた。

徴用工デモ

徴用工デモ

 鄭氏は自由右派の仕事について、

「韓国の李承晩政権、朴正熙政権について、近代史における位置付けを再評価する必要があります。そのうえで対日関係についても日本統治が何を破壊し何を残したのか、という韓国の新しい歴史観の構築を目指しているのです」

「月刊朝鮮」元編集長で日本でもよく知られるジャーナリスト趙甲済氏も自由右派を支持している。

「文在寅政権は大韓民国の建国を認めていません。大韓民国は1948年8月15日に建国したが、文政権はこの日に『韓国政府』ができたという位置づけです。金大中政権は1998年に建国50周年、李明博政権は2008年に建国60周年を祝ったが、文政権は2018年8月15日の建国70周年を『政府樹立70周年』としました。いま韓国は誕生日のない国になってしまったのです。これは彼らが北朝鮮に正統性があると考えているからです。韓国の歴史をウソで創作している。こうした国家を壊す正統性の創作に対して立ち向かっているのが自由右派、反日種族主義のグループなのです」

韓国における「保守」とは何か

 韓国では、近年の左傾化の主導権をとってきた民主化勢力が、李承晩時代、朴正熙時代を「個人独裁、権力の腐敗」と指弾してきた。李承晩大統領は建国の混乱期に、日本統治下で役人や企業人として日本に協力した「親日派」を処罰せず、建国のために採用した。民主化勢力はこれをもって李承晩政権に「反民族」のレッテルを貼った。日本との国交正常化を行った朴正熙政権についても民主化勢力は「親日派」として「反民族」と批判している。

「親日派」を「反民族」と位置づけた民主化勢力は、李承晩・朴正熙政権を支持した既存の保守派を「親日反民族である」と批判した。では、保守派はこれに対しどう振る舞ったのか。保守派は民族史観に対抗することができず、結局、李承晩、朴正熙政権を「親日反民族」と決めつけた左派に同調してしまったのだという。

「反日種族主義」の李栄薫氏はこう述べる。

「韓国の保守派とは何か、これは難しい問題です。親米、反北(反共)だけが韓国の保守派ではありません。親米と反北だけで、一体どのように韓国の歴史を説明できますか。李承晩政権、朴正熙政権の時代をどのように説明するのか、その歴史観、整理された学説がまだないのです。《我々は共産主義が嫌い》《われわれの生命財産を守る》というぐらいの、低いレベルの保守派は確かにありました。李承晩大統領が大韓民国を建国し戦争も戦い、朴正熙大統領の時代に高度成長を実現しました。しかしその後の民主化運動は左派が主導したのです。そして左派に規定されたのが右派、保守派なのです。右派の正統性とは何であり歴史観は何なのか、それがなかった。だから左派に李承晩、朴正熙両大統領を批判されたときに抵抗できなかったのです。右派はむしろ李承晩大統領や朴正熙大統領を非難する側に参加しました」

 だから、既存の韓国保守は「反日」なのである。文在寅政権が破棄した慰安婦合意についても、徴用工賠償判決に関しても、韓国保守は進歩勢力に同調している。自国の歴史をどう説明するかの学説がない。日本統治は収奪だけだったのか、なぜ韓国は併合されたのか。整理された学説はなかった。

反日デモ

反日デモ

 ここにきて反文集会を開いている「太極旗」参加者たちが、集会の行われるソウル中心地の光化門広場を「李承晩広場」と呼ぶようになった。反文集会の主催団体のひとつである宗教界の保守派実力者、韓国キリスト教総連合会代表会長の全光勲牧師が「光化門広場を建国の父、李承晩博士の広場と呼ぼう」と呼びかけたことに支持が集まったという。

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