大人の自由|宇賀なつみ

文・宇賀なつみ(フリーアナウンサー)

梅雨入り前のある日「文藝春秋」編集部からメッセージが届いた。「是非エッセイをお寄せいただけないでしょうか」どうして私なのだろう? 何かの間違いかイタズラかとも思ったが、その後のやりとりで、どうやら本物らしいとわかった時は、嬉しかった。

小学生の頃は、放送委員で新聞係だった。家族旅行をすれば、父親が手に持つホームビデオのカメラに向かって観光地のリポートをしたり、「なっちゃん新聞」を不定期に作成し、リビングの壁に貼っていた。卒業文集に書いた将来の夢は、アナウンサーか新聞記者。「言葉で何かを伝える」ということが、あの頃からずっと変わらず、好きなのだ。

昨年の春に、10年間務めたテレビ朝日を退社し、フリーランスになった。個人で会社を設立して、マネジメントや経理、事務作業も基本的にひとりで行なっている。仕事でお会いする人とは名刺交換をして、きちんと顔と名前を覚えたいし、取引や交渉がどう進んでいくのか、お金がどう動いていくのか、全て自分の目で見ておきたい。せっかく大きな会社を離れるのだから、個人の力をつけなくてはいけないと思った。経験がないことについては何も語れないので、請求書を作るのも、税金を納めるのも、移動手段を確保するのも、衣装を発注するのも、今は全てが勉強で、取材だと考えている。

テレビ局で働き、各分野の第1線で活躍する人たちを間近で見てきたからこそ言えるのだが、私自身に商品価値はない。たまたまテレビに出ていた会社員で、ごく普通の人間なのだ。だからこそ、ひとりの生活者、労働者として、全て自分ひとりでやってみようと決めた。

なんのあてもなく始まったフリーランス生活は、想像以上に面白かった。偶然の出会いが仕事に繋がったり、その仕事をしたことでまた別のところから声がかかったりと、少しずつ忙しくなっていった。大きな力はないが、ひとつひとつ、目の前のことに丁寧に向き合っていると、自然と次の道がひらけてくる。物語を読み進めていくような高揚感があり、毎日が新鮮だ。旅行やお酒、音楽など、好きなことを好きだと話していると、誰かが覚えていてくれて、仕事になることもある。ありがたいことに書く仕事も増えてきて、連載を持つという夢も叶った。「文藝春秋」でも、こうして書けている。愛読している祖母が喜んでくれそうだ。

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