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百万戸が被災“最凶”台風が「東京」に上陸したらどうなる?

いまや台風は西日本だけのものではない─全国民、備えよ!/文・筆保弘徳(横浜国立大学教育学部教授)

<この記事のポイント>
●台風にとって、海面からの水蒸気は“ガソリン”。海面の水温が高ければ蒸発しやすくなるため台風の勢力は増すことになる
●他の自然災害と比べ台風は、人命は取らないけど、金は奪うぞ、という災害である
●台風には「風台風」と「雨台風」があり、身を守るために取るべき行動も予想される被害も変わる

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筆保氏

台風が強くなる条件

9月初頭、台風10号が発生し、「特別警報級の勢力」「100年に1度の大雨」などと、連日ニュースで最大の警戒が呼びかけられました。私たち台風の専門家の間でも、「記録的に発達するのでは」と危惧する声が多く上がっていました。なにしろ、台風が強くなる条件が揃っていたのです。

台風は、海面から蒸発する水蒸気をエネルギーにして発達します。台風を車に例えると、水蒸気は“ガソリン”です。海面の水温が高ければ高いほど海水は蒸発しやすいため、台風の勢力は増すことになります。

8月は猛暑が続いていたことを覚えているでしょうか。

海水温は、太陽が当たるとどんどん上昇します。8月の晴天のおかげで、10号が発生する頃の海水温は例年の同時期と比べ、平均して2、3度高くなっていました。たった2度くらいと思うかもしれませんが、平年より2度も高くなるというのは、統計上、100回に数回程度です。たった一度水温が高くなるだけでも大気に供給される水蒸気量は相当変わってきます。車にガソリンがどんどん注入されるという危険な状態になっていたのです。

海面水温を上昇させた原因は他にもあります。それは、台風10号以前に他の台風が日本の近海で発生しなかったこと。台風は発生すると強い風の力で海をかき混ぜ、温度の上昇した表面と、比較的水温の低い下層の海水が交じりあうことで海水温が下がります。実際、10号が通過した後は海水温が2度下がっています。

ところが今年は、10号の前に発生した台風が日本列島の南岸にはまったくやって来ませんでした。猛暑の上にかき混ぜ効果が得られなかったことで海水温はどんどん上昇し、ひとたび台風が発生すると急激に成長する恐れがあったのです。

結果的には、先立つ台風9号が同じような進路を取って海水がかき混ぜられ海水温が下がったため、特別警報が発されるほどの規模にはなりませんでした。ですが、非常に大きな勢力を持っていたことはたしかです。

台風の恐怖は暴風雨だけではありません。それによって引き起こされる高波や高潮も、台風の被害を大きくします。

高潮は、沖から強風が吹くことで海水が海岸に吹き寄せられたり、低気圧によって海水が吸い上げられることで潮位が上昇する現象です。

高潮はめったに起きないため、あまりピンとこないかもしれませんが、ひとたび発生すると大変な被害がでます。これが強風による高波と重なると、海水が堤防を破壊するなどして被害はさらに大きくなります。

近年で有名なのは、2005年8月にアメリカ南東部を襲ったハリケーン・カトリーナや、2013年11月にフィリピンを襲った台風ハイエンです。

カトリーナは海抜ゼロメートル地域を襲った高潮により、約1800人が死亡、120万人が避難を余儀なくされるという、ハリケーン襲来史上稀に見る大規模な災害となりました。ハイエンではフィリピンの総人口の約1割、967万人が被災しています。

ゆっくりと襲来し、じわじわ水位が上がるので、気が付いたら逃げ場を失っているのが高潮の恐ろしさです。水位がひざ下くらいまでくると、歩くこともままなりません。

車は、風で飛ばされることは稀ですが、高潮になると海水で浮いて運転や制御が不能になり、流されて家や人に衝突、破壊します。高潮では、思わぬ被害が続出するのです。

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カトリーナの被害 ©iStock

明治以降最悪の台風

過去の国内における高潮被害としては、1959年9月の伊勢湾台風がよく知られています。愛知県と三重県を中心に約5000人の死者・行方不明者、そして3万9000人の負傷者を出しました。明治時代以降最悪の台風被害といわれていますが、これも死者のほとんどは高潮によるとされています。

なぜそこまで大きな人的被害がでてしまったのか。その原因はいくつか考えられますが、ひとつは防災意識の低さでしょう。

高度経済成長期のさなか、急速な街開発のもと海抜ゼロメートル以下の場所にもどんどん家が建てられ、それも木造建築が多かった。不幸にも近くの木材置き場から浮いて流れ出た木材が、家屋を次々破壊していきました。

また、台風の観測技術や予測技術の低さも原因の一つです。前もって台風が来るぞ、ということがわかれば対策をとる時間があります。予報から台風が実際に上陸するまでの時間を「リードタイム」とよびますが、当時はこれがほとんどありませんでした。今でこそ気象衛星による観測が常時行われ、はるか南海上で発生した台風もつぶさにとらえることができます。しかし昔は日本に上陸間際になってようやく「明日来るらしいぞ」とわかったのです。

伊勢湾台風を受け、気象庁に台風研究を専門とする部署が立ち上げられたり、最大で周囲800キロほどが観測できて海上の台風の様子がわかる富士山レーダーが開発されたりしました。観測網の充実と数値計算技術の飛躍的な発展により、台風の予報の精度は上がりました。

また、国は総力を挙げて治水に取り組み、海岸や河川には防波堤を整備、河川の氾濫や高潮に備えられました。

台風対策を進めた結果、以降の台風による死者・行方不明者数は減少、100人を超えることはほぼなくなりました。伊勢湾台風を経て、日本の防災は大きく変わったのです。

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「金を奪う」台風

しかし、年々台風の被害が大きくなっているのでは、という印象を持っている方も少なくないようです。

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