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「キャッシュレス社会の未来」便利さだけが全てではない “物理的な現金”がなくなる恐ろしさ

1つのテーマで対論を読んで思考力を鍛えよう。このコラムのテーマは「キャッシュレス社会の未来」です。
★対論を読む

文・浜矩子(経済学者・同志社大学大学院教授)

 世界にいわゆる「キャッシュレス」文明の時代が到来している。何やらそのようなムードが広がっている。

 経済産業省がまとめた世界のキャッシュレス決済比率(2015年)によると、国家施策としてクレジットカードの利用を促進した韓国が89.1%、QR決済の進んだ中国が60.0%と軒並み高い数字が並んでいる。これに対して日本のキャッシュレス決済比率は18.4%にとどまっている。そこで、世界の潮流に後れてはならじというので、政府はキャッシュレス化の推進に余念がない。

 経産省が2018年4月に発表した「キャッシュレス・ビジョン」では、2025年までに日本のキャッシュレス決済比率を40%にまで引き上げると宣言。それに煽られて、民間の各事業者による種々雑多な決済サービスが乱立している状態だ。「日本は周回遅れ」「取り残されてはまずい」などと騒ぎ立て、人々の不安を煽るやり口には、いかにも世論をある方向に誘導しようとする怪しさがつきまとう。いつだったか新聞を開いたら、政府によるキャッシュレス化推進キャンペーンの広告が大々的に掲載されていた。当時の世耕弘成経産大臣が満面の笑みで語る紙面を見て、頭のなかで危険信号が点滅したことを覚えている。

 もちろん、キャッシュレス化と言われるやり方に1定の利便性があることは間違いない。私自身、クレジットカードを持っているし、切符を買う手間が省ける交通系ICカードは確かに使い勝手がいい。だが、便利さだけが全てではない。他国に追随して、本当に日本もこの方向に向かってダッシュしていいのか。少し立ち止まってじっくり考えた方がいい。

 そもそも「キャッシュレス化」という言葉自体が、極めて曖昧だ。あたかも現金がなくなるかのようなイメージを抱くが、それは正しくない。電子マネーで買い物をするにしても、交通系ICカードで電車に乗るにしても、そこで行われているのはあくまでも現金決済である。ICカードを使うからと言って、我々はツケで電車に乗せてもらっているわけではない。現金決済を紙幣や硬貨を使わずに行っているに過ぎない。

 キャッシュレス化を正確に定義すれば、物理的な現金が電子現金に置き換わることだ。英語でいえば、フィジカル(=物理的)・キャッシュからデジタル・キャッシュあるいはクリプト(=暗号)・キャッシュへの切り替えである。つまり、日々の現金決済が紙幣や硬貨という物理的で目に見える形態から電子化され暗号化された目に見えない形に切り替わることなのである。よく考えれば、これはなかなか恐ろしい事態だ。

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