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「MMTは卓論か愚論か」MMTは主流派経済学の最大の急所を突いた

1つのテーマで対論を読んで思考力を鍛えよう。このコラムのテーマは「MMTは卓論か愚論か」です。
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文・中野剛志(評論家)

 2019年、経済を巡る最大の論点は、間違いなくMMT(現代貨幣理論)であろう。もっとも、主流派経済学者や経済評論家のほとんどが、MMTを否定し、支持を表明した者は筆者を含め僅かに過ぎない。にもかかわらず大論争になったのは、MMTが主流派経済学の最大の急所を突いたからだ。というのも、MMTは、主流派経済学が前提とする「貨幣」の概念が間違っていることを暴露してしまったのだ。

「貨幣」を誤解している経済学が、正しい経済政策を導き出せるはずもない。事実、主流派経済学に基づく経済政策は、2008年の世界金融危機を看過し、その後の長期停滞に対しても無力であった。MMTに期待が集まったのは、主流派経済学の信用失墜の裏返しとも言える。

 その主流派経済学の「貨幣」観というのは、次のようなものである。原始的な社会では、物々交換が行われていたが、そのうちに、何らかの価値をもった「商品」が、便利な交換手段(貨幣)として使われるようになった。その代表的な「商品」が貴金属、とくに金である。そのうち、政府が金貨を鋳造するようになり、さらには、金との交換を義務付けた兌換紙幣を発行するようになった。最終的には、金との交換による価値の保証も不要になり、紙幣は、不換紙幣となった。それでも、交換の際に皆が受け取り続ける限り、紙幣は貨幣としての役割を果たすのだ。

 これが、主流派経済学の貨幣論、いわゆる「商品貨幣論」である。しかし、これが間違いであることは、歴史学・人類学・社会学によって、すでに明らかにされている。商品貨幣論を未だに信じている社会科学は、主流派経済学だけではないか。

 これに対して、MMTは、歴史学や人類学等の貨幣研究の成果に基づき、次のような正しい「貨幣」概念を提示する。

 まず、政府は、債務などの計算尺度として通貨単位(円やドルなど)を法定する。次に、国民に対して、その通貨単位で計算された納税義務を課す。そして、政府は、通貨単位で価値を表示した「通貨」を発行し、租税の支払い手段として定める。その結果、人々は、通貨に額面通りの価値を認めるようになり、その通貨は、民間取引の支払いや貯蓄などの手段として流通するようになる。要するに、人々がお札という単なる紙切れに通貨としての価値を見出すのは、その紙切れで税金が払えるからだというのだ。

 このように、主流派経済学とはまったく異質だが正しい貨幣観に基づくMMTは、その政策的含意もまた、主流派経済学とは大きく異なる。中でも、世間を最も驚かせたのは、MMTが「日本は、財政破綻(政府債務の不履行)になることは、あり得ない」と主張したことであろう。なぜならば、日本政府は通貨発行権を有しており、かつその政府債務はすべて自国通貨建てだからだ。アルゼンチンやギリシャなど、財政破綻の例としてあがるのは、自国通貨建てではない政府債務が返済不能になったケースである。実際、日本は、GDP(国内総生産)比の政府債務残高がおよそ240%であり、先進国中「最悪」の水準にあるとされるが、財政破綻していない。日本政府は、家計や企業と違って、自国通貨を発行して債務を返済できるからだ。加えて、変動相場制の下にあるので、外貨準備を確保するために財政支出を制約する必要もない。

 ただし、政府が支出を野放図に拡大すると、いずれ需要過剰となって、高インフレとなる。このため、政府は、インフレが行き過ぎるようであれば、財政支出を抑制しなければならない。要するに政府の財政支出の制約となるのは、政府債務の規模ではなく、「インフレ率」だということだ。さて、日本であるが、高インフレどころか、長期のデフレである。したがって、日本には、財政支出の制約はないということになる。デフレを脱却するまで、いくらでも財政支出を拡大できるのだ。

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