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岡藤正広「伊藤忠はこうして財閥に勝った」三菱商事、三井物産を追い越したウラ

三菱商事、三井物産を追い越したウラには「政商」と「行商」の違いが。/文・岡藤正広(伊藤忠商事代表取締役会長CEO)

伊藤忠・岡藤会長

岡藤氏

「いかに生産性を上げるか」の一点

商社「三冠」達成――。伊藤忠が2021年3月期決算で、純利益、時価総額、株価の3つで総合商社のトップに立ったことで、こう報じられました。僕が1974年に入社してから、長い間、「万年4位」と言われていましたから、感慨深いものがあります。

伊藤忠の160年の歴史は、近江商人だった創業者・伊藤忠兵衛さんの「行商」から始まっています。明治政府と組んで巨万の富を築いた財閥系とは、同じ商社といっても成り立ちからして違う。天秤棒を担いでいた忠兵衛さんが、ようやく大阪の本町に服の生地を売る店を構えたころ、三井、三菱といえば、それはすごい利益を上げていたわけです。そんな財閥系に挑み続けて、ついに三冠になったことを、忠兵衛さんもさぞかし喜んでいるでしょう。

しかも、ウチは五大商社で最も従業員数が少ない。限られた人員で首位になるため、僕は2010年に社長に就任してからの11年間、「いかに生産性を上げるか」の一点に絞り手を打ってきました。

一番大きかったのはフレックスタイム制を廃止したことです。ご存じのように始業と終業の時刻を働く人が決められる制度ですが、実際は仕事を始めるのが遅くなる。必ず出勤していなければならないコアタイムが午前10時からであれば、10時に出勤してくるわけです。

それを僕が実感したのが、東日本大震災の時です。金曜の午後に震災が発生したので、僕は月曜日の朝早くから都内の子会社を訪問しました。どの会社もすでに大騒ぎで、これは予想以上に大変な被害やと思いながら、ちょうど午前10時頃に車で本社へ戻ってくると、本社横にある地下鉄の駅から、アリが巣から出てくるように、ウチの社員たちがゾロゾロ出てくるのが目に入った。これだけの非常時なのに、出勤は普段どおりの10時。伊藤忠の常識は世間の常識ではなかったわけです。

これを見た僕はフレックスに疑問を感じて、「やめたらどうや」と人事に言いました。ところが「せっかく労使関係がうまくいっているのにやめさせたら亀裂が入ります」と反対された。そう返されると、社長に就任してから日も浅かっただけに、僕もやや不安になりました。

そこでまずは労働組合員でない管理職の始業時間を早めることにしました。管理職が早く出社していたら、若い人も遅れて来るのは気が引けるから早く出社するだろう、と。半年後に確認したら、ほとんどの人が早く来るようになりました。そこで2012年、前年の史上最高益に報いる特別ボーナスを払い、フレックスを廃止しました。

それに加え、2013年から「朝型勤務」制度を導入しました。

僕の印象として、遅くまで残業する人間はあまり仕事ができない。効率を考えたら朝からパパッとこなした方がいいのです。しかし管理職がダラダラ残業するのは、多くの場合それが日課になっているからです。遅い時間に帰宅しても夕食はないから、じゃあ、そのへんで食べて帰ろうか、となる。上の人間はそれでもええけど、それに付き合わされる若い人はたまったものじゃないわな。

残業をなくすと収入が減ることを心配する人もいるので、午後8時以降の勤務を原則禁止するかわりに、午前5時~9時に仕事をすれば、通常の1.5倍を払うことにしました。朝食の無料提供も始めました。収入も確保できるし、食事もできる。そして夜は早く帰れるというわけです。

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会議と書類は最低限

フレックス制度の廃止と朝型勤務の導入は効果てきめんでした。この2つで効率化が回り始めました。

そこからさらに踏み込んで会議と書類の徹底的な削減を進めました。

この2つが多い会社はあかん。でも悪いとわかっていて減らせないのは、上に立つ人間が自分の責任で慣習を変えるのが不安だからです。

その典型が、年度の早い時期からの予算会議。ゴルフでいえば最初はドライバーで大まかに飛ばすけど、グリーンが近づくとショットも精度が要求される。仕事も同じで、期末が近づくにつれ精度の高い数字が求められますが、年度の初めから精度の高い数字が出てくるわけではないのです。そんな数字をもとに会議をするのは時間の無駄。

だから僕は、期初は集計の報告だけでいいと言っています。期末になるに従って、数字を精査して、目標の達成率を上げていけばいいわけですから。

厄介なことに、上の人間はヒマになると不安になって会議をする。だから、8月の今の時期なんかに会議をやろうとなるわけです。「何とか戦略会議」と銘打って、関係部署に資料を作らせて、会議を開く。そこで挙がった数字なんて絵に描いた餅で何も残らないけど、上司は会議をやったことで安心するわけです。

それでは現場の人間はたまったものじゃない。実際に数字を上げるための仕事の手を止めて、意味のない絵を描くわけですから。

僕は昔から残業が嫌いだし、会議と書類も大嫌いでした。自分が上の人間に対して疑問を持っていたことは、トップになった時こそ変えていかないと。

と、今でこそ偉そうに言っていますけど、社長になった時は正直いって自信がなかった。海外勤務の経験もないし、社長になるまでずっと大阪で、会社の中枢とされる部署にも行っていません。

ただ、逆に言えば、「そう期待されていないやろうから失敗してもええか」と開き直る気持ちもありました。万年4位が5位になったところで知れとるわ、自分なりのやり方でやろう、と。それで、生産性を上げるという一点に注力したのです。

誇りに思える会社になる

この「生産性をあげる」ということは、言い換えれば、いかに社員にとって働きやすくするか、ということです。だから僕は「社員にとって一番の会社になる」という、ある意味では商社三冠よりも高い目標を掲げています。

最近では、どの就職企業人気ランキングを見ても伊藤忠が上位に入るようになりました。来春卒業予定の就活生を対象にした調査では、7つで商社1位、うち4つは全企業で1位でした。

大赤字を出した2000年頃は、まったく状況が違いました。人事に聞いた話だと、ウチが内定を出しても、別の会社が内定を出すとそちらへ流れていたといいます。それも同業の上位企業ならともかく、ウチより格下と思われる企業を選んだ学生もいたとか。20年前はその程度の存在だったのですよ。それだけに今の人気はありがたいことです。

僕が小学生の頃、親父の商売がうまくいかなくて、おふくろは「サラリーマンがええ」とぼやいていました。あるとき近所に住友銀行の独身寮ができた。これが立派な建物で、おふくろが近所のおばさんと「あそこはエリートさんばっかりや」と話しているのを聞いて、「いいなあ」と子どもながらに思ったものです。

このように、子どもが伊藤忠に入ったら親が喜び、親戚が自慢し、近所の人にも噂される、そんな会社にしたいという意識があります。周りが誇れる会社なら、勤める本人も誇りに思えるはずです。

それを実現するためには、1に業績、2に給料です。

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就職でも大人気

まずは業績で一番になる

まずは会社が業績で一番にならないといけない。当然ながら業界4位よりも、トップのほうが誇りに思えるでしょう。「うちの子、三菱に滑って、伊藤忠に入ったんや」ではなく、「うちの子、商社トップの伊藤忠に入ったんですわ」と、親御さんが胸を張って言えるようにならなあかん。そう思っています。

それには給料も大事です。給与水準が高ければ、働く社員も誇りをもてる。金だけがすべてではありませんが、一つの指標ですから。

僕が役員になった時、部門長時代より給料が減ったので、「おかしいやないか」と抗議したら、当時の担当役員から「金だけじゃないわな」と言われました。それはそうですが五輪のメダルじゃないけど、みんなが金メダルだったら値打ちがない。やはり差をつけないといけません。

今では役員も社員も報酬はトップクラスです。役員でいうと、32人中、19人が年収1億円を超えていますし、取締役は全員が1億円プレーヤーです。そのぶん人数は、僕が役員になった時には46人いたのを32人まで減らしてきました。財閥系はまだ50人近いですけどね。

僕が役員にも社員にも言っているのは、「人の倍働け。そうすれば給料は1.5倍だそう」ということ。同業他社より少ない人数だけど、生産性をあげて、がんばって働けば待遇を良くする。このことを実践してきたわけです。

そのかわり厳しいですよ。額に見合う働きがなければ、辞めてもらわないといけません。そういう事態は幸いにしてありませんが。

社員が誇りをもつためには企業イメージも重要です。そこで僕が社長になってから、広告活動にも本腰を入れました。商社は消費者に直接モノを売るわけじゃないので、あまり広告に金を使ってこなかった。でも伊藤忠を知らない人に、「いい会社だ」というイメージを持ってもらう必要がある。おかげさまで日経広告賞を何度も受賞するようになり、かなり好感度が上がったと感じます。

その企業広告にも載せているのが「ひとりの商人、無数の使命」というコーポレートメッセージです。2014年に策定しました。

元は社員に対するメッセージでした。ヒントにしたのは、東京ディズニーリゾートの清掃の基準です。「赤ちゃんがハイハイできるかどうか」というコンセプトだけがある。安全性や清潔感、世界観がコンセプト一つに表れているので、細かいルールがなくても、スタッフは自ら高い水準を課すようになります。

それと同様に、商人としての誇りと責任の重さを一言に凝縮しよう、というのが僕の狙いでした。以前は会社のルールカードがあって、社員証と一緒に持ち歩くよう定められていたのです。でも、いちいちそれを見て判断しなさい、というのもアホくさい。

「ひとりの商人、無数の使命」という一言だけで、ありがたいことに、社外の方々にも伊藤忠らしさを感じてもらえたようです。商社マンではなく商人としたのも、財閥系とは一味違った僕のこだわりです。

「商人」という言葉には男性的なイメージがある、と言われたことがあります。これは女性がまだ十分活躍できていないからかもしれません。例えばアスリートという言葉も、今は男女問わず使うけど、昔は男だけを指していたように思います。商人という言葉も、あらゆるジェンダーが含まれてくるようにせなあかん、と思っています。

数値目標よりも大事なことは

実は、朝型勤務制度を導入して一番喜んでくれたのは、子どもがいる女性の社員でした。

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