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出口治明の歴史解説! パンデミック後の世界は何を生み出すか

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年4月のテーマは、「宗教」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第22回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】いま私たちは世界の歴史に残る大きなパンデミックに見舞われています。この連載では、歴史上の疫病がいくつも紹介されましたよね。こういった疫病は人びとの宗教心にどのような影響があったのでしょうか? 

パンデミックが起こると、「神様、仏様お助けください」と信仰心がさらに深まる人たちと、逆に「神も仏もあるものか」と信仰心が薄まる人たちがそれぞれ増えて、両極端になるのではないでしょうか。

病気になったり死んだりする人が町にあふれると、神様仏様に救いを求めて、いつもより敬虔な気持ちになる。それはよくわかりますね。

パンデミックにかぎらず、世の中が不安定になると、人びとは信心深くなり、新しい宗教が、生まれやすくなる傾向があります。

日本でいえば、以前紹介したように戦国時代にキリスト教が流行りましたし、江戸末期から明治初期にかけては、神道系を中心に天理教や金光教などの新しい宗教が生まれました。「ああ、世も末や」という終末思想は、世界中の宗教に共通して見られるものです。

14世紀にパンデミックとなった黒死病(ペスト)もそうです。なにしろ、ヨーロッパでは人口の3分の1が死んだそうですから、「これは神様がわれわれに下した罰やで」と受け止めるのも当然でしょう。「メメント・モリ(死を想え)」という言葉が有名ですよね。14世紀初めにフィレンツェ(イタリア)のダンテ(1265~1321)が『神曲』を著していますから、地獄や煉獄に結びつける発想も広まり、神様に赦しを請う人たちもたくさん出たという話です。

そうやって信心深い人が増えたかと思うと、一方では「神も仏もあったもんやないな」と信心が薄れる人たちもいました。ボッカッチョ(1313~1375)が著した『デカメロン』が典型です。あの本は、100のエピソードからなる説話集で、『神曲』を意識して『人曲』と呼ばれることもあります。

男女10人が黒死病から逃れるためにフィレンツェの郊外に引きこもる。いまでいえば、自粛、自主隔離ですね。テレビもネットもないから、みんなで面白い話を語り合う。お色気たっぷりの話あり、不倫話あり、阿呆らしい笑い話ありと、敬虔な気持ちとはかけ離れた内容です。「カルぺ・ディエム(その日を摘め)」という言葉に象徴されています。

悲惨な状態がつづくと、刹那的になったり現世的になったりするのも人間です。自分だってあした死ぬかも……と思えば、「品行方正に暮らしていてもしゃあないで。もっと恋したり楽しんだりしたろ」と享楽的、即物的な生き方が広まっても不思議ではありません。

パンデミックなどで危機感が強まるほど、そんな両極端が目立ってくる。いまも世界中で同じようなことが起きているかもしれません。

大切なことは、カルぺ・ディエムの延長線上で、ルネサンスが生まれたことです。実は享楽的、即物的な生き方はそれほど長続きはしないのです。神様がいなくなると、人間の興味は人間に向かうのです。

今回のパンデミックは既に学校休校に伴う子連れ出勤やテレワーク、オンライン授業など新しい動きが広がっています。間違いなく働き方が変わり、市民のITリテラシーが高まるでしょう。パンデミックは、一種の自然現象ですから必ず終わります。ペストがルネサンスを生んだように新型コロナウィルスもきっと新しい世界を生み出すでしょう。

【質問2】ローマ帝国は、3世紀までキリスト教を迫害していたのに、4世紀の終わりには大転換をして国教に定めました。キリスト教への評価が100年ほどで真逆になった理由は何でしょうか。

キリスト教が台頭した主な理由は、3つほどあります。みんながわかる言葉で布教を行ったこと、他宗教から人気のキャラクターやアイテムを積極的に借りてきたこと、そして教会組織が情報ネットワークを構築していたことです。

いまのエルサレムで活動していたイエス(B.C.4頃~A.C.30頃)は、主にアラム語で説教していたと考えられています。これは、シリアやペルシアを中心とした地域で話されていた当時の共通言語でした。

イエスの死後、彼を信奉するようになったパウロ(?~65?)は、イエスの弟を中心とするグループにエルサレムを追われたので、アナトリア(トルコ)やギリシヤなど、まだ、イエスの教えが広まっていない地域に行って布教活動を始めました。そこで、パウロはアラム語の次に世界の共通語となったコイネー(ギリシア語)で説教したのです。そして、パウロはユダヤ人以外にも教えを広めました。

これは画期的なことで、それまで「ユダヤ人によるユダヤ人のためのユダヤ教刷新運動」だったキリスト教が、全人類を救うための宗教へと進化したのです。

当時、ローマ帝国で流行っていた宗教が2つありました。1つはミトラス教です。これはペルシアから入ってきた太陽神ミトラスを主神とする密儀宗教です。この宗教を信じるひとは、太陽神は冬季にいったん死に、生まれ変わって夏至にむかって育っていくと考えました。このアイディアをキリスト教は、借りてきて、ミトラスの誕生日をクリスマス(イエスの誕生日)にしました。

さらにミトラス神の誕生日には、パンとワインでお祝いをしていましたから、「これもええやんか」とそのままキリスト教に取り入れました。

ローマ帝国で流行っていたもう1つの宗教は、イシス教です。イシスはエジプト神話の女神で、オシリスの妻であり最も偉大な神ホルスのお母さんです。信仰の対象として幼いホルスを胸に抱くイシスの像があり、みんながこれを拝んでいました。「お、これもこれも」と取り入れて、イエスを抱く聖母マリアの母子像のモデルとしました。

さらに成人したイエスの顔もギリシア神話のゼウスの造形が「かっこええやんか」ということで借りてきました。他宗教の人気があるキャラクターやアイテムをどんどん取り入れると、よく似ている宗教だからと他宗教の信者たちにもキリスト教に入る垣根が低くなったわけです。

4世紀に入ると、ローマ帝国はキリスト教を、宗教の1つとして認めます。その頃から気候変動(寒冷化)により大規模な人の移動がユーラシア全域で生じ、ゴート族やフン族などの諸部族がローマ帝国に侵入してきます。彼らは、ローマ街道にあるローマ軍の駐屯地を襲いました。そこには立派な建物などがあり、食料などを蓄えていたからです。拠点を破壊され、ローマ街道はズタズタになり、ローマ帝国の根幹であった情報伝達ができなくなりました。

4世紀の終わり頃、ミラノの司教アンブロジウス(340?~397)は、ローマ帝国の皇帝テオドシウス1世(347~395)に次のように持ちかけます。
「ローマ帝国の拠点(今でいえば県境や市役所)を壊されて情報が入ってこないでしょう。キリスト教の教会は各地で生き残っていて情報ネットワークはすごいですよ」諸部族も「壊したら祟るで」と脅されて、教会には手を付けなかったのです。

テオドシウス1世は「そりゃ、ええな。使わせてもらおう」とよろこびます。するとアンブロジウスは「その代わり、キリスト教をローマの国教にしてください。ほかの神様に公的な援助はなしですよ」という提案をしました。皇帝は交換条件を飲みます。

キリスト教の拡大によってローマ帝国の多様性が失われていきました。たとえば、古代ギリシヤ以来連綿と続いてきた古代オリンピックは、ギリシヤの神々に捧げる行事でした。当然、キリスト教が中心となった帝国では公的援助が止められ中止へと追い込まれることになりました。つまりキリスト教の国教化とはキリスト教による古代ギリシヤ、ローマの神々や学問の焚書坑儒だったのです。

(連載第22回)
★第23回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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