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台湾・蔡英文総統 単独インタビュー「香港、ウイグルへの弾圧を北京当局がやめるよう呼びかける」聞き手・船橋洋一

「香港、ウイグルへの弾圧を北京当局がやめるよう呼びかける。民主主義陣営は団結すべきだ」/文・蔡英文(台湾総統)、聞き手・船橋洋一(アジア・パシフィック・イニシアティブ理事長)

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蔡氏(左)と船橋氏(右)

SARSの流行を教訓に

――昨年来、国際情勢は新型コロナウイルスの感染拡大によって混沌としています。また、東アジアでは、力による現状変更の試みも見られ、地政学的リスクも高まっています。そうした中、台湾はさまざまな面において世界の注目を集めています。日本にとっても台湾の動向は他人事ではありません。本日こうしてオンラインでの総統へのインタビューの機会を頂戴でき、とても光栄です。

 こちらこそ、光栄です。

今日は公式なインタビューですので、台湾総統として最初に一言、日本政府・国民の方々にお祝いの言葉を申し上げたいと思います。東京オリンピック・パラリンピックは昨年3月、新型コロナウイルスの世界的な感染拡大により1年の延期が決定し、その後も多くの困難に見舞われました。それらの障害を乗り越え、今年7月に予定通りに開催される運びとなったことを、日本の隣人として心からお祝い申し上げます。

パンデミックが収束しない中での開催で、日本政府も大きな決意と勇気を要したことと思います。しかしながら、大会に出場されるアスリートの方々は限界へ挑戦する精神を持って、競技に取り組んでいらっしゃる。そのひたむきな姿は、コロナ禍で苦しんでおられる多くの人々にとって励ましになると信じています。

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インタビューはオンラインで実施

――ありがとうございます。最初に、台湾での新型コロナウイルス対策について伺いたいと思います。台湾は世界的なパンデミックが始まった初期から感染封じ込めに成功し、防疫の「模範国」とされてきました。

 台湾は2003年に起こったSARSの流行を教訓として、米国のCDC(米国疾病予防管理センター)のような衛生福利部疾病管制署(台湾CDC)を設立した経緯があります。同署はコロナ前から専門家の主導による防疫を進めてきました。これらの経験が、今回の防疫の成功にも繋がっていると考えます。

日本からのワクチン供与に感謝

――ただ今年5月、感染力の強い変異株が流入したことで市中感染が拡大しました。ワクチンの供給も安定せず、接種率は主要先進国の中でも最低レベルに留まっています。政権への厳しい声もあったようですが。

 確かに台湾では、5月19日から全国での警戒レベルを「第3級」に引き上げ、集会の制限や娯楽施設の閉鎖など、人々への行動制限をおこなってきました。同時に、世界的なワクチン不足の中、調達したワクチンが予定通りに届かないという状況も発生しました。多くの人々が多大な影響を受け、社会に不安が漂っていたように思います。

しかしながら、政府と国民が絶え間ない努力を続けてきたことで、7月に入ってからは感染状況も落ち着いてきました。国内の新規感染者数も1桁となり、以前と比べると感染状況をコントロールできています。7月27日からは警戒レベルを「第3級」から「第2級」に引き下げ、国民も一安心しているところです。ここで気を緩めることなく、コロナ以前の日常生活が徐々に戻るように努力したいと思います。

――台湾へのワクチン供給を巡り、総統は5月26日の記者会見で、独・ビオンテック社との新型コロナワクチンの購入契約を巡り「中国の介入」があったと明言されています。現在も中国による「介入」が続いているのでしょうか?

 確かにワクチンの調達において、最初は大きな困難に直面しました。ただ、国際社会から台湾が注目され、日本やアメリカをはじめとする国々が、ワクチンの供給において助けて下さいました。この場をお借りして、心から感謝の意を表したいと思います。

日本からは英・アストラゼネカ製ワクチンの提供を受けましたが、第1便は6月4日、桃園国際空港に到着しました。台湾のテレビ各局が中継で報じ、台湾の多くの国民が歓迎の意を込めて見守りました。私も飛行機が到着した様子を鮮明に覚えています。これも長期にわたっての友情が証明されたものであります。台湾が最も困難な時期に日本が援助の手を差し伸べてくださったことを、台湾の国民一同、心より感謝しています。

また台湾政府は、民間企業・団体に対して、政府の正式な代理としてワクチン調達交渉を認める権限を与えています。この結果、台湾の大手企業・TSMC(台湾積体電路製造)、鴻海精密工業、福祉慈善団体・慈済基金会などとの官民協働で、ワクチンの調達に成功しました。

国産ワクチンも治験で成果を上げており、なるべく早く接種できるように期待しています。最初の段階に比べると供給は安定してきましたが、国民のさらなるニーズに応えられるよう、最大限努力を続けていきます。

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積極的な情報発信でフェイクニュースに対抗

――国産ワクチンの開発ですが、台湾の1日あたりの新規感染者数は1~2桁と欧米と比べて小規模です。数万人単位の被験者を必要とする大規模治験の実施は難しいのではないでしょうか。

 台湾では第2段階の治験において、倍ぐらいの被験者数を取り入れて行っているため、より多くのデータを収集することができました。また、「免疫ブリッジング」という、海外での治験データを自国で活用する手法を採用しています。これにより新薬承認までの期間の短縮が可能となったのです。日本でも最近、似たような取り組みがあるという話を聞きました。

――コロナ禍において、中国がサイバー空間でのディスインフォメーションを活発に行っているとの報道もあります。例えば「日本寄贈のワクチンで死者が急増している」と虚偽の情報をネット上に流し、台湾社会の分裂を画策しているなど。こうした偽情報などの「政治工作」に、どのように対応するのが最も賢明なのか。これは台湾のみならず、日本を含めた各国に共通する課題ですので、総統のお考えを是非お聞かせください。

 私たちは感染症対策において広報活動を重要視しています。例えば、新型コロナの対策本部である中央感染症指揮センターは、昨年1月の開設以来、毎日休むことなく定例記者会見を開き、政府の感染症対策を説明しています。毎日の会見では記者からの質問を受け、やり取りを可視化することで、透明性の高い情報公開をおこなっています。このようなアプローチにより、フェイクニュースの流布をある程度阻止することに成功しているのです。さらに、LINEの公式アカウント、独自に購入したテレビの放送枠、ツイッターやフェイスブックなどの様々なSNSを通じ、防疫に関する知識を国民に向けて日々発信しています。

こうした取り組みによって、センターは国民からの高い信頼を集めています。そのため国民は、センターが呼びかける隔離及び検査、ワクチン接種の順序などの規範を遵守することに前向きな姿勢を示している。政府と国民が一丸となって、感染防止に取り組むことにつながっているのです。

中国へ「懸念」のシグナルを送ることの重要性

――話題を国際情勢に移したいと思います。今年4月の日米首脳会談では、共同声明の中に「日米両国は台湾海峡の平和と安定の重要性を強調する」との文言が盛り込まれました。日米首脳会談で台湾に言及したのは1969年のニクソン・佐藤会談以来、実に半世紀ぶりのことでした。声明の内容を、どのように受け止められましたか。

 日米首脳会談の様子は、私共も注意深く見守っていました。日米両国が台湾海峡の平和と安定を重視する姿勢を示されたことに、感謝の意を表したいと思います。

6月にイギリスで開催された「G7サミット」でも、台湾海峡の平和と安定の重要性について触れられました。これは、世界の主要先進国が台湾海峡の平和と安定を極めて重視していることの現れであり、台湾海峡の現状を破壊しているのは台湾ではないことの良い証明でもあると思います。

台湾海峡の平和と安定は、台湾の利益にのみかかわるものではありません。「自由で開かれたインド太平洋」の国々のためにも、台湾は重要なキープレイヤーとしての役割を果たせると、私たちは信じています。インド太平洋地域の国々の平和と繁栄に貢献するため、これからも私たちは理念を同じくする諸国との意思疎通や交流を進めていきます。

――日米首脳会談やG7の声明で台湾海峡に言及した背景には、アメリカとその同盟国の対中抑止力が低下してきていることへの危機感があるとの見方も出ています。総統もアメリカの対中抑止力が低下してきているとお考えですか?

蔡 近年、中国はアジア太平洋地域において大きな野心を見せており、この地域全体における平和と安定、安全保障に大きな不確定要素を与えてしまいました。そのような状況下で、日本やアメリカなどの国々が台湾海峡について議論し、懸念を表明することは、軍事的拡張を続ける中国に対してひとつの“シグナル”を送ることになります。

中国は、さまざまな政策決定をおこなう際、国際社会の動きを考慮しなければならないはずです。主要先進諸国の台湾への関心が高ければ高いほど、連携の度合いが強ければ強いほど、中国は軍事活動を含む政策決定に慎重にならざるを得なくなると私は思います。

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習近平総書記

「圧力に屈服せず、支持を得ながらも暴走しない」

――一方で、中国に比べて台湾の国防費は十分には増えておらず、台湾と中国の軍事力には圧倒的な差が開いているとの指摘もあります。

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