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出口治明の歴史解説! 「共産主義」は中国にとってのタテマエだ

歴史を知れば、今がわかる――。立命館アジア太平洋大学(APU)学長の出口治明さんが、月替わりテーマに沿って、歴史に関するさまざまな質問に明快に答えます。2020年4月のテーマは、「宗教」です。

★前回の記事はこちら。
※本連載は第23回です。最初から読む方はこちら。

【質問1】宗教は心の平安を求める一方で、キリスト教の十字軍やイスラム国(IS)のテロのように暴力的になることがありますよね。それは、なぜでしょうか?

宗教が暴力や戦争につながるパターンはいくつもあって、その原因は一概にいえません。

歴史上で最も暴力的に見えるのは、十字軍(1096~1270)を派遣した頃のローマ教会でしょう。

そもそもキリスト教は「セム的一神教」の1つです。「ノアの方舟」のノアには3人の息子がいて、長男のセムを先祖とする人々がセム族です。このセム族から生まれたのがユダヤ教、キリスト教、イスラーム教という3つのセム的一神教です。

よく知られているように、この3つの宗教はとても嫉妬深い同じひとりの神様を信仰しています。それなのに「おまえたちの教えは間違ってるやろ」と互いに批判しあってきました。

もし神様がひとりなら、他の神様を認めませんし、その教えを守ることは絶対的な正義になります。他人を傷つけたり殺したりするのも、唯一絶対の神様に命じられたことであれば罪になりません。これは一神教の宿命ともいえますが、その考えが最も強かったのが十字軍時代のローマ教会でした。

もう1つ重要な背景は、ローマ教会が領土を所有していたことです。発端は8世紀までさかのぼります。

フランク王国のカロリング朝を開いたピピン3世(714~768)は、簒奪者だったので自らの王冠に正統性を求めていました。一方のローマ教皇は、東ローマ皇帝からの独立を求めていました。そこで、両者の利害は一致したのです。教皇はカロリング朝を認め、カロリング朝は武力を強硬に提供しました。ピピン3世は、イタリア半島にあったランゴバルド王国を倒し、ローマ教皇に「領土にしてください」とイタリア中央部の広い地域を寄進しました。756年の「ピピンの寄進」です。その見返りは、息子のカール1世(742~814)をローマ皇帝に推してもらうことでした。両者の蜜月は800年、ピピンの息子であるシャルルマーニュのローマ皇帝戴冠で最高潮に達しました。

領土内で起きた揉めごとは、領主が裁かなくてはなりません。ローマ教会は領土とともに裁判権をもちました。このことによって、ローマ教会の信仰に反する者を裁いて火刑などに処す「異端審問」を制度化する過激な方向に進んでいきます。異端審問を制度化している宗教は他にはもともと嫉妬深いセム的一神教の神様と暴力が結びついてしまったのです。

同じセム的一神教でも、イスラーム教は異教徒に寛容でした。同じ神様であることを認識していたのです。だから、十字軍の残虐ぶりはイスラーム世界の理解を超えていました。「フランク(ヨーロッパ人)による野蛮極まりない突然の侵略」とイスラームの史書は語っています。ローマ教会の攻撃性は、セム的一神教のなかでも特別と見ていいでしょう。

一方で、十字軍については、人口学的な見方もできます。鬱屈した若者たちのパワーが爆発すると暴力に結びつきやすいということです。

十字軍を派遣した当時の西ヨーロッパでは、自前の領土を持てず食い詰めた部屋住みの次男坊、三男坊があふれていました。人口ピラミッドの若年層がふくらんでしまう「ユースバルジ」現象です。十字軍には宗教的な意味だけでなく、出稼ぎ的な意味もありました。

ユースバルジが起きると、仕事をみんなで奪い合うので、社会は不安定になります。1960年前後に世界中で学生運動が盛んになったのも、第二次大戦直後に生まれたベビーブーマーが働く年齢に達したからです。

イスラム国(IS)では、ユースバルジのなかで負け組だった若者たちが、一瞬のうちに英雄になれるという回路が用意されていました。このことは、オリヴィエ・ロワの著書『ジハードと死』で活写されています。

別のパターンで多いのは、弾圧を受けた宗教の信徒たちが武装蜂起することです。日本でいえば15世紀、16世紀に起きた浄土真宗による「一向一揆」や17世紀の「島原の乱」がそうですし、中国の清でいえば18世紀、19世紀に起きた「白蓮教徒の乱」がそうです。

宗教が暴力に結びついたときは、「テロ」の一言で片づけるのではなく、歴史的背景や過去の経緯も調べて理解したいものです。


【質問2】前回の講義「パンデミックが宗教に与える影響」を興味深く読みました。新型コロナウイルスのニュースで気になったことがあります。マルクスは、宗教のことを「民衆のアヘン」と書いたそうですが、現在の中国にも宗教はあるのでしょうか?

現在の中国で、宗教は認められています。仏教、道教、イスラーム教、それにキリスト教ではプロテスタントとローマ教会の双方が中国共産党に公認されています。でも信者の数が多いのは、その5宗教以外です。たとえば、中華民族と医学の始祖とされる黄帝とか、商売の神様になった『三国志』の関羽とか、船乗りの神様である媽祖(まそ)とか、古くからある民族宗教を信じる人の方が多いのです。

中国共産党そのものは、たしかに無神論を標榜してきました。しかし人民については、「どんな宗教を信じてもかまへんよ」というのが基本的なスタンスです。これは、現在の中国共産党から始まったスタンスではありません。元をたどれば、秦の始皇帝が描いたグランドデザインの影響です。

始皇帝(B.C.259~B.C.210)については何度か説明をしました。あの広大な中国を統一するために、法家思想による統治を選びました。「こんなことしたらアカンで」とルールを文書で示し、中国全土に行き渡らせて中央集権国家を築きます。皇帝ひとりでコントロールするというのですから、とてつもないスケールです。

日本は江戸時代になっても、徳川幕府は、仙台藩のことは伊達家に任せ、薩摩藩のことは島津家に任せていました。ヨーロッパでも、国王は、各地のことは各地の領主に任せていました。それが封建制です。

始皇帝は紀元前3世紀という大昔にいきなり「ワシひとりで世界を治めたる」と法治国家を築き、文書行政を始めました。これは「一君万民」の考え方です。皇帝ひとりが別格で、それ以外はみんな法のもとでは平等、というビジョンです。日本やヨーロッパのように、各地を任せる領主や諸侯のような中間層が育たないしくみでした。

逆にいえば、人民のことは、いちいち細かいところに立ち入らず放っていたのです。皇帝ひとりで、生活習慣や文化が違う人たちをきめ細かくケアするのは無理でしょう。人民からすれば、自分たちを身近で守ってくれる領主などの中間層(集団)はありません。だから、人びとは家族や親類で結束し、宗教団体などで助け合ってきました。

ただ、国としては、何か基盤となる教えが必要でした。それがおそらく儒教だったのです。しかし、儒教は「教」が付くといっても「こういう国になったらええな」「みんなこれをめざそう」という修身の教科書のようなルールやマナーの類です。神様を拝んで天国へいこう……といったセム的一神教のような宗教とは違います。

いまの中国で、そのタテマエとしての儒教に代わったのがおそらく共産主義です。現代中国といっても実態は、始皇帝のグランドデザインそのまま。中国共産党の歴代リーダーを思い浮かべても、「マルクスは読んでも、それを本気で実践しようとした人はいたのかな?」と首をかしげたくなるほど、歴代皇帝と同じ路線を突き進んでいます。

実際のところ共産主義とはいいながら、人びとの宗教を放置しているのも、基本的には始皇帝の時代から変わらない「一君万民」「中央集権」の国だからでしょう。

もちろん、放置といっても、忘れてはいけないのは、あくまで共産党のコントロール下にあることを受け入れればという話です。中国では昔から宗教は国家の管理下にありました。仏教も「三武一宗の法難」に象徴されるように何度も弾圧を受けていますね。チベット仏教のダライ・ラマ14世は、共産党と対立したために、チベットを離れ亡命生活を送っていることは有名ですよね。 

(連載第23回)
★第24回を読む。

■出口治明(でぐち・はるあき)
1948年三重県生まれ。ライフネット生命保険株式会社 創業者。ビジネスから歴史まで著作も多数。歴史の語り部として注目を集めている。
※この連載は、毎週木曜日に配信予定です。

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