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「トランプ再選」がアメリカのために必要な理由

トランプの人格や発言は耐えがたく、人としてとても許容できない。それでも私は「トランプ当選」を望む。その理由をお話ししよう。/文・エマニュエル・トッド(歴史人口学者)

<この記事のポイント>
●今の米国は「分裂状態」と「良好な経済状態」という二つの矛盾した現実がぶつかり合っている
●高学歴エリートはリベラルであるはずなのに「自分より低学歴の大衆や労働者を嫌う左派」という語義矛盾の存在になり果てた
●米国の歴史を前に進めるにはまず民主党の側に“意識改革”が必要。そのための最良の方法が、バイデンを当選させないこと

トッド04(par Louise)

トッド氏

トランプの再選が望ましい

「トランプ再選となれば、米国の民主主義も終わりだ!」といった言辞が繰り返されています。米国に限らず、エリート層が好む高級メディアほど、この論調です。トランプが、下品で馬鹿げた人物であることは言うまでもありません。私自身も、人として、とても許容できない。ただ、トランプをそう非難するだけで事足れりとすれば、米国社会の現実を見誤ることになるでしょう。

2016年の米大統領選の際、私は「トランプが必ず勝つ」とまでは言わずとも、「トランプの勝利などあり得ない」という論調が大勢を占めるなかで、トランプ勝利の可能性を大いに強調しました。前回ほどオリジナルな見解とは言えませんが――というのも一度は起きたことなので――、今回もトランプ勝利の可能性が大いにあり、またトランプの再選の方が、米国にとっても、世界にとっても、どちらかと言えば望ましい――馬鹿げた対イラン政策などを理由に前回ほど積極的な支持ではないのですが――と私は考えています。なぜそう思うのか、その理由を述べたいと思います。

今の米国を見て最も鮮烈なのは、「政治・社会・イデオロギー面での分裂状態」と「良好な経済状況」という2つの矛盾した現実がぶつかり合っていることです。

まず人種問題などをめぐって、トランプ支持者とエスタブリッシュメント層の間で“内戦”と言っていいほどの激しい対立が生じています。

他方で、オバマ政権の終わり頃から続いているトレンドですが、米国経済は回復基調にあります。

本誌11月号_図表_家計の実質収入_page-0001 (1)

グラフが示すように、2014年頃から家計の実質収入は上昇し、少なくともコロナ禍が始まるまで、貧困層も減少傾向にありました。さらには、エネルギーもほぼ自給できています。経済だけでなく、犯罪率も減少傾向にあります。人口動態の面でも、健全な人口増加率を維持し、今では3億3000万人の人口を誇っています。

私は『帝国以後』(2002年刊)で米国の危機を指摘しましたが、その頃に比べ、米国は、社会として、ある種の安定を再び見出しているのです。表層だけを見て、「米国はカタストロフに陥っていて、破滅に向かっている」と見るのは間違いです。

では、社会としてこれだけ安定に向かっているはずなのに、国内でこれほど激しい衝突が起きているのはなぜなのか。ここから見えるのは、「経済」の基本的な論理に「政治」が合理的に対応していないということ、「言葉」が「(経済的)現実」から乖離しているということです。

「下層民」を見下す「左派」

前回の大統領選を振り返ってみましょう。

ヒラリー・クリントンが「自由貿易」「移民受け入れ」「寛容さ」を米国の“理想”として単に繰り返すなかで、米国社会の“真実”を語ったのは、トランプの方でした。

その“真実”は、例えば、1999年から2013年にかけて上昇した「45~54歳の白人人口の死亡率」に現れていました。

中年人口の死亡率の上昇というのは、先進国では前代未聞の現象です。中国との競争に敗れ、産業空洞化が著しい州ほど、死亡率が上昇していたことが示すように、これは、「自由貿易」に大いに関係していました。

私は、かつて「乳幼児死亡率の上昇」から、「ソ連崩壊」を予言しましたが、「保護貿易への転換を訴えるトランプに勝利の可能性」を見たのは、この「白人死亡率の上昇」という指標からです。ところが、エスタブリッシュメント層は、こういう“現実”を見ようとしなかったのです。

ニューヨーク、ワシントン、ロサンゼルス、サンフランシスコなど大都市のメディアや大学のエリートは、トランプ支持者を「学歴がない」「教養がない」と馬鹿にし、ヒラリー本人も、「嘆かわしい人々(deplorable)」とまで言いました。

学歴社会とは、「出自」よりも「能力」を重視する社会です。しかし、本来、平等を促すための能力主義なのに、過度な能力至上主義によって、高学歴エリートが、学歴が低い人々を侮蔑するような事態に至ってしまったのです。

高学歴エリートは、「人類」という抽象概念を愛しますが、同じ社会で「自由貿易」で苦しんでいる「低学歴の人々」には共感しないのです。彼らは「左派(リベラル)」であるはずなのに、「自分より低学歴の大衆や労働者を嫌う左派」といった語義矛盾の存在になり果てています。「左派」が実質的に「体制順応主義(右派)」になっているのです。

これは、「学歴」と「左派」が密接に結びつき、「高等教育」が「格差是認」につながっているという皮肉な事態です。その結果として、「エリート主義vsポピュリズム」という分断が生じています。米国に限らず、多くの先進国に共通する現象です。

トランプ(トッド)

「自由貿易」の“真実”を語ったトランプ

「経済」を論じないエリート

「自由貿易こそ大事」と言う高学歴エリートの真の関心は、実は「経済」にはありません。「自由貿易」がもたらす世界市場の荒波から、彼ら自身は経済的に保護されていて不安がないからです。

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