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日産自動車・新社長インタビュー 「脱ゴーン体制」覚悟を持って臨んでいる

日産自動車の業績が悪化している。2019年度の世界販売台数は前年比8.4%減の505万台、2019年度10〜12月期決算は260億円円の最終赤字となった。そうした中、昨年12月1日付で、専務執行役員(東風汽車総裁)だった内田誠氏(53)が新社長兼CEOに就任。

2月18日の臨時株主総会では、急速な業績悪化に関して、「経営陣が責任を取れ!」などと厳しい批判の声を浴びせられ、内田氏は「業績の改善が見えなくなった時にはクビにしてください」とまで語った。はたして、日産を再生させることはできるのか。/聞き手・構成 井上久男(ジャーナリスト)

愛車は初代リーフ

――社長就任から3カ月が経ちました。カルロス・ゴーン元会長が強烈な個性の持ち主だったこともあり、社内外から「内田社長はどんな人かわからない」という声を耳にします。元々、総合商社の日商岩井(現・双日)にいた転職組ですね。なぜ日産を選んだのですか。

内田 転職したのは2003年、37歳の時でした。日商岩井ではフィリピンに5年間駐在し、そのとき三菱自動車関連の仕事にかかわった経験から、その後も自動車のビジネスに携わりたいと思ったのが入社の理由です。当時の日産はルノーとの提携によって経営危機から蘇り、ダイナミックに成長していた時期で、外資と提携して成長を目指すスタイルが、新たな日本企業のあり方だと魅了されたのです。

ただ、ヘッドハンティングされたのではなく、一般の公募で入ったので、ちょっと苦労しました。

①なし

内田氏

――社長になるまでは、中国の合弁会社・東風汽車の総裁として武漢に駐在していました。日産ではどんな仕事を担当してきたのですか。

内田 入社後は購買部門に配属されましたが、2012年に韓国のルノーサムスンに出向して、そこから新興国向けブランド「ダットサン」のプログラムダイレクター(収益管理責任者)などを経て、そのあと中国の東風汽車の総裁です。非常に短いスパンで多くの仕事をやってきました。したがって様々な環境に順応できる能力はあると思っています。

――帰国子女ですね。

内田 そのはしりですね。父が航空会社に勤めていた関係で、小学1年から5年生までエジプト・カイロに、中学2年から高校2年生の途中までマレーシアに住んでいました。帰国後は、帰国子女を受け入れていた同志社国際高校から、同志社大学神学部に進み、そこから日商岩井に入り、自動車ビジネスとの縁ができたわけです。

元々、車が大好きで、いまは中国に赴任する前に買った電気自動車、初代リーフに乗っています。そろそろ日産の新しい車に乗り換えたいのですが、社長就任以来、仕事に忙殺されて車を買う暇もありません。

利益度外視の台数至上主義

――第3四半期決算の赤字はリーマンショック以来11年ぶりです。日産の現状をどうとらえていますか。

内田 ご指摘の通り、数字は厳しいです。過去の経営を振り返ってみると、2011年度から16年度までの中期経営計画「日産パワー88」では、グローバルシェアを5.8%から8%に高めるなどの目標を掲げました。当時の戦略が誤っていたわけではないと思いますが、実行の部分で反省すべき点はあります。とくに、収益の依存度が高い北米市場において、利益度外視の値引きが行われ、販売の質が伴わない「台数至上主義」に陥ってしまいました。

日産ではいま、経費に関しては、本当にタブーなく徹底的に削減を進めています。昨年5月、700万台という過剰な販売規模を600万台にまで落としても利益が出る体質を目指すことを発表しましたが、今後は、さらに適正化を図る必要もあります。

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肝心なのは、単にリストラをして事業を縮小させるだけではなく、日産という会社の存在意義や、その強みと弱みを見極めた上で構造改革を進めることです。世界市場で右肩上がりの成長が期待できない中で、次世代技術の開発競争が激しさを増しています。日産も将来に向けての投資を怠るわけにはいきません。

商品、地域の両面において選択と集中を進めたいと考えていますが、三大拠点である北米と日本、中国では引き続き持続的な成長を目指します。販売の質が低下した北米では、少し時間がかかりますが、ドラスチックな事業の立て直しをやる。一方の中国は、事業基盤がしっかりしていますから、新型コロナウイルスが落ち着けば、再び成長に転じる潜在力があります。

また、これは日本市場で特に顕著なのですが、なかなか新車が出せなかった反省があります。新興国の生産設備への投資を重視し過ぎたため、新車への開発投資が疎かになり、モデルチェンジサイクルである「車齢」が8年と長くなったのが原因です。ただ、昨年投入した新型スカイラインは好評をいただいていますし、今後も積極的に、新車を投入していくつもりです。

ロードマップ見直しも

――新型コロナウイルスは、世界規模のサプライチェーン(供給網)に影響を与えています。リーマンショックや東日本大震災の時は、ゴーン元会長がいち早くリカバリープランを作ることで、他社に先駆けて業績回復を成し遂げました。今回は、どのような対策を取っていますか。

内田 コロナウイルスですが、実は、私の家族は武漢に暮らしていましたので、日本政府が手配したチャーター便で帰国させてもらいました。日産としても、社員と家族の安全を何よりも優先しています。


今回は当初、武漢がある湖北省で大きな影響がありましたから、部品供給に関しては、中国の関係当局と相談しながら、例えば、部品の生産のために必要な金型を封鎖されている湖北省から他省に移すなど、サプライチェーンに大きな被害が出ないように調整してきました。ただ、当社はグローバルにいろんな部品を調達していますので、北米や欧州、東南アジアで感染が広がってくると今後、影響は出てくると思います。

――業績について、「2020年度が底で2021年度以降から回復する」との見通しを立てましたが、新型コロナの感染が拡大したいまでもこれは変わりませんか。

内田 よく聞かれるのですが、新型コロナが中期計画や来年度予算にどう影響するか、具体的な数字を言えるような状況ではありません。ただ、大きな影響が多方面に出ることは間違いない。リーマンショックを超えるインパクトになる可能性も高く、構造改革のロードマップを少し見直さなければならないかもしれません。

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日産の世界販売のほぼ3分の1を担う中国で、2月の販売は8割減。販売の落ち込みは留まるところを知らない。また、ゴーン会長時代の無謀な拡大戦略のツケ(設備・人員)を削減する新たなリストラ策を検討中で、今後、数千憶円規模の特別損失を計上する可能性がある。2020年3月期決算は大幅な赤字が避けられないとみられる。

現場の声の8割は正しい

――その構造改革ですが、決算が赤字になった主な要因は、保有するルノー株の評価損が膨らんだためで、人員削減や工場閉鎖など構造改革のための特別損失はまだ計上していません。早期の反転攻勢を目指すためには、いち早く膿を出し切った方がいいという声もあり、社内外からは「内田社長のリーダーシップが見えづらい」と批判の声も出ています。

内田 様々なメディアで、「判断が遅い」とか、いろいろと言われているようですね。

早く膿を出せというのはその通りだと思います。ただ、構造改革は確実に成し遂げなければなりません。痛みが伴う、ドラスチックなことをやるわけですから、社員の間に不安ばかりが広がるかもしれない。そうなってしまうと改革は成功しません。まずは、経営陣が打ち出す改革案をしっかりと理解してもらい、どんな会社にするのかというビジョンを経営陣と現場が共有する必要があります。

そのために、私が就任直後から取り組んだのが、国内外の販売拠点や工場など多くの現場に足を運んで生の声を直接聞くことでした。みんな、現状や将来に不安を感じていましたが、その一方で、「ブランドを復活させるために、私たちに何ができるか、ぜひ教えて欲しい」という声がとても多かった。これは私の励みになっています。サプライヤー(仕入れ先)やディーラー(販売会社)も含め、現場、中間管理層、経営陣が一丸となっていまの難局に立ち向かっていくことが何よりも大切です。

企業経営においては、部下や現場の意見のだいたい8割は正しいものです。その声を聞きながらガイド役である経営陣が、残りの2割を補うのが理想の経営。しかし、忙しくなると、人の話をじっくり聞く余裕がなくなってしまう。

10年ほど前、とある方から「朝、出社したとき、自分の“聞くキャパシティ”を広げられているかどうか確認してから会議に臨んだほうがいいぞ」とアドバイスをもらったことがあります。この言葉はずっと頭に残っていて、会議の場で安易に結論を出すのではなく、普段から部下たちの「8割の話」を聞くように心がけています。

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