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“東大女子”のそれから|赤松良子

日本の大学の最高峰「東京大学」に初めて女子が入学したのは1946年のこと。それから74年――。時代と共に歩んできた「東大卒の女性たち」の生き様に迫ります。第6回は、労働省で初代婦人局長に就任し、「雇均法の母」と呼ばれる赤松良子さん(1953年、法学部卒業)にお話を伺いました。/聞き手・秋山千佳(ジャーナリスト)

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◆ ◆ ◆

――赤松さんは少女時代、職業婦人に憧れていたそうですね。

赤松 職業を持たないと一人前になれないと考えていたの。私は昭和25(1950)年に津田(津田塾専門学校、現・津田塾大学)から当時3年制だった東大に進みましたが、津田の学風が、職業を持ちなさい、自立しなければ発言できないというものだったんです。私も昔からそう思っていた。というのも私には兄弟がいっぱいいるんだけど、長男が威張っていて、今でも忘れないけれど「この家のものは竈の下の灰まで俺のものだ」と言われたの。戦前は民法上、親の財産は全部長男が相続するものだったんです。私は女の子、特に末っ子だから、何ももらえない。頭にくるなと思っていたら、高等女学校の時に戦争に負けた。それで民法がガラッと変わった。その点は良くなったんですよ。

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――制度は良くなったということですね。

赤松 そう。制度が変わって権利ができた。一方、教育はというと、大学を女に開放したのね。戦争が終わるまでは、東大はおろかどの大学も女には閉ざされていて、女子大と名のつくものは専門学校だったんです。これも頭にくると思っていたら、東大を受験できることになって、大喜びで受けました。だけど女性が多かったのは文学部で、私の行った法学部は、同級生になった800人のうち女は4人。

――ごくわずかだったんですね。ご著書には、男子学生が非常に進歩的で驚いたとありました。

赤松 進歩的というか、親切だったの。例えば入学した時に、男の先輩が法律の教科書をたくさん抱えて「あげるよ」と持ってきた。私は貧乏学生だから大変だと思っていたら、使い終えた教科書をくれたの。それから別の先輩は、私に奨学金が出るように取り計らってくれた。

――えっ、先輩がですか。

赤松 「彼女の成績はまだわからないところがあるけど、実家が大阪だし女の子で寮もないし、お金に困るだろうから奨学金をやってください」とその人の知っている大学の事務の先生に頼んでくれてね。とにかく男の学生が親切だった。800人中4人しか女の子がいないから目立つじゃない(笑)。それで私は、社会に出ても男性が皆親切なものかと思っていたら、そんな事はないよね。

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――社会に出てからも、周りには東大卒の男性がたくさんいたと思いますが。

赤松 労働省の同期生が20人くらいで、1人だけ京大の人がいて、あとは東大だった。

――学生時代は親切だったという東大の男性は、社会に出てからもそうでしたか。

赤松 それは職業上、競争になるからそんなに親切じゃないけど、意地悪ではなかったわね。ただ、女性は決まったコースがあるみたいだなと私も皆も思っていた。婦人少年局という局長も課長も女性の局があって、最後はあそこの局長か、なんてね。

――女性だけ先が見えていたわけですね。

赤松 見えたのね。だから男はあまり意地悪しなくたって「彼女はあそこの局長だ」と。婦人少年局の地位は高くなかったんです。重要とされる他局に比べたらドーンと下がる感じで。だから私、なにさと思って、色んな局で働かせてほしいと希望を出したんですよ。でもあまり実行されなかった。

――上司が、女性を男性と同等に扱おうとはしていなかったですか。

赤松 家庭持ちで、子どもが小さいのに夜中まで働かせるわけにはいかないよな、という感じでしたね。こっちだって夜中まで働かされたらたまらない。だけど国家公務員は夜中まで働くのよ。今だって夜中、霞ヶ関を通ったら電気が煌々とついているでしょう。そりゃよく働きます。

――よく働きますけど、家庭がある女性を生かそうという職場ではないですね。そのあたりは、今の若い世代の悩みとあまり変わっていないような気もします。

赤松 そうかもしれない。そうは変わらないわね。

――むしろ若い東大卒の女性たちに聞くと、東大の中にいるときから男性からの差別があると。

赤松 東大にいる間に? 同じ授業を受けて試験も同じで、点数だってゲタを履かせてはもらえないだろうし、差別しようがないじゃない?

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――そこは同じです。ただ、例えばテニスサークルに入りたいと思っても、東大の女子学生はほとんどのサークルに入れてもらえないそうです。

赤松 そんなバカな。私の頃なんか全然そんなことなかった。ゼミでも入りたいって言ったらどこでも入れてもらえた。私が東大にいた時は、女だから損したことはほとんどない。得した事はいっぱいあったけど。ごっつあんでしたよ(笑)。

――なるほど(笑)。赤松さんの時代には親切だった男性たちが、時代とともに……。

赤松 女性がライバルになってきたからじゃない? その頃は800人中4人しかいない女の子なんて、ライバルではない。4人ばかりで大変だね、頑張っちゃってかわいそうに、と思われていた。

――今は東大の学部生の2割弱が女性です。赤松さんの頃よりは増えて、ライバル視されるようになってきたということでしょうか。

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