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『82年生まれ、キム・ジヨン』が語りかける2020年の韓国

文・牧野愛博(朝日新聞編集委員)

 2019年は日本で韓国に対する関心が大いに盛り上がった年だった。日韓関係が極度に悪化するなか、文在寅(ムンジエイン)政権だけではなく、市井に生きる韓国の人々が何を考え、どう生きているのかにも注目が集まった。韓国の人々が日本を批判する背景には様々な理由があるからだ。

 そんななか、18年末に韓国のベストセラー小説『82年生まれ、キム・ジヨン』が日本でも出版され、大きな話題を呼んだ。女性の生きづらい世界を生き生きと描いた本作は、韓国の人々が抱える「不安」をリアルに具現化してみせた。本作では秋夕(チユソク)(旧盆)の連休で夫の実家を訪れた主人公のジヨンに、実母が憑依して、なぜ夫の実家にばかり行くのかと不満を漏らす場面がある。韓国の女性たちは秋夕と旧正月の前になると憂鬱になる。夫の実家でひたすら料理に励まなければならないからだ。

 私の知り合いも「夫の実家に着くなり、ジョン(韓国の天ぷら)をひたすら揚げ続けた。何も食べていないのに、油の匂いで何も食べたくなくなった」とぼやいていた。韓国の女性たちは「シアボジ(義理の父)」「シオモニ(義理の母)」という言葉に敏感になり、「シグムチ(ほうれん草)とか、シがつくものは何でも嫌い」という笑えない冗談も飛ぶ。本作は、韓国で、女性は男性に尽くす存在だと位置づけられてきたと指摘する。

「男尊女卑」とも言える世界があったため、韓国で慰安婦問題が浮上した時期も遅かった。1965年の日韓請求権協定締結当時、日韓の交渉当事者たちは慰安婦問題が存在することを知らなかった。元慰安婦が重い口を開いたのは91年。日本で、海外に売春に出かけて苦労した女性たちの姿を追った映画「サンダカン八番娼館望郷」が封切られてから17年後のことだ。元慰安婦が証言に至った背景には、韓国の市民運動が広がり、「女性の人権」にもようやく日が当たるようになった当時の社会の変化があったという。

 もちろん、韓国が急速に男女平等社会に向けて進んでいるわけではない。ジヨンが秋夕で起こした事件は2015年秋のことだ。

第2のジヨンを生む風土

 そして、韓国における男女平等の問題を更に深刻にしているのが、「ヘル(Hell)朝鮮」とも言われる激烈な競争社会だ。親は早ければ2歳の子どもを英語や情操教育のための学院(塾)に通わせ始める。韓国統計庁によれば、高校生の平日の平均勉強時間は1日10時間を超える。夜中の午後10時ぐらいまで学院で勉強する子はざらにいる。韓国では条例などで、学院が午後10〜11時くらいから翌朝午前5〜6時くらいまで営業できないように定めている。そうでもしないと、子どもがずっと学院に行きっぱなしという状況になりかねないからだ。

 また、韓国は日本と比べると、価値観がどうしても狭い部分がある。日本のような職人文化がなく、学歴を偏重し、大企業や公務員でなければ評価されない。知人の大学教授は、自分のゼミで大企業に入社が決まった学生がいると、「他のゼミ生には言うな」と口止めするという。みなが、余計大企業ばかりに目を奪われるからだ。韓国の平均失業率が大体4%なのに対し、若年層(15歳〜29歳)は10%前後もある。「ここまでがんばったのに、小さな会社なんか入りたくない」という気持ちと、「世間で評価してもらえない」という不安が、就職需給のミスマッチを招くのだ。

 そこまで激烈な社会の中で生き抜こうとしているのに、本作が語っているように、女性は就職で差別されやすい。知人の話だったが、数年前にホテルに入社しようとした女子学生に、採用担当者が「整形して出直してこい」と暴言を吐いたという。

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