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中国・武漢でコロナを告発したアイ・フェン医師のその後——医療事故で右眼を失明していた

文・林毅(ライター・研究者)
広義のジャーナリズムやプロパガンダをテーマに研究を行う。
Twitter:@LinYi_China

削除と転載を繰り返した記事

昨年3月10日、中国の湖北省武漢市中心病院に勤務する女性医師アイ・フェン(艾芬)へのインタビューが月刊誌『人物』公式アカウント掲載直後に削除され、その衝撃的な内容によって外国語やモールス信号、点字や縦読みなど、検閲を逃れるためのありとあらゆる加工を加えられ、拡散されたという事件をご記憶だろうか。

「笛を配る人」と題されたそのインタビュー記事は、アイ医師率いる急診救急科が2019年末に初めて原因不明の新型肺炎患者を診た日から始まる。病院の上層部がその広がりを隠そうと彼女がデマを流したと難詰し、家族や院内スタッフにすらも情報を公開させず、適切な防備も与えずに被害を広げたこと、感染の恐れと戦いながらそれでもスタッフとともに必死に戦ったこと、亡くなっていった人たちのこと、圧力を受けた自分がそれ以上の告発を行わなかったことへの後悔などが率直な言葉で語られていた。(月刊『文藝春秋』および文藝春秋digitalにも「中国政府に口封じされた武漢・中国人女性医師の手記」という題で掲載された。日本語訳は劉燕子氏)

アイ・フェン医師01

アイ・フェン医師

ネット上で拡散された『人物』の記事は、しばらく削除と転載のイタチごっこを繰り返していたが、現在では中国語でも検索すれば読むことができる。おそらく騒ぎが大きくなりすぎたことで当局がある時点で諦めたのだろう。
4000人以上が働く武漢市中心病院は中国の病院格付け最高の「三級甲等医院」で、いわば地域医療の拠点だ。地元政府とのつながりも深い公立大型病院の上層部による情報隠蔽を語ったアイ医師は、おそらく相当な覚悟の上で実名インタビューに応じたはずである。しかし一時失踪などの噂も流れたものの、結局彼女が処分を受ける事はなかった。その同僚でデマを流したとして派出所に呼び出しの上訓戒書に署名をさせられ、結局自身も感染し34歳で亡くなった李文亮医師も結局「コロナとの戦いにおいて模範的な役割を果たした」として表彰されていることからみても、おそらくこうした人々を弾圧すればさらに反発が広がるとの判断があったのではないかと思われる。
ともあれ、その後新型コロナウイルスは世界中でさらに猛威を振るい、中国は相対的には感染者を抑制することに成功した。アイ医師も夫と子供とともに自らが望んだ「贅沢なほどに幸福な、普通すぎる生活」に戻る……はずだった。

患者としてのあらたな闘い

アイ医師の名前が中国のSNS微博上でふたたび大きく話題になったのは告発から9か月ほど経った12月30日だった。だが今度の彼女は、医師ではなく治療を受ける側の患者として注目されることになる。しかも、「金儲けのために不必要な処置を施され右眼をほぼ失明した」という衝撃的な内容だった。

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