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読売巨人軍オーナー特別寄稿|プロ野球、コロナと戦う

史上初のウェブ・オーナー会議による「無観客開幕」の決断。坂本、大城のPCR検査陽性と入院。6月19日の開幕戦。はじめて約4000人の観客を動員した7月10日……プロ野球がコロナと戦った半年の記録を綴った。/文・山口寿一(読売巨人軍オーナー)

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山口氏

順調なキャンプが遠い昔のよう

早春の宮崎には、巨人、ソフトバンク、オリックス、広島、西武とプロ野球の1軍5球団が集う。今年のキャンプ初日は週末と重なり、例年以上のにぎわいとなった。

宮崎市と日南市のキャンプ地には県外からもファンが訪れ、2月1日の来場者は合計約5万7200人にのぼったと、地元の宮崎日日新聞が伝えている。巨人のキャンプには約2万3000人が詰めかけた。

このころ横浜港では、クルーズ船ダイヤモンド・プリンセスの船内で、新型コロナウイルスに感染した乗客の数が日増しに増えていた。

だが、宮崎にコロナの影はまだなかった。私が訪れたのは2月8日。巨人は紅白戦を行った。夜は監督、コーチと地元の老舗旅館、小戸荘の名物の小戸鍋をつついた。

2軍監督になってまもない阿部慎之助が若手選手に考える力をつけると熱く語り、話題が東京オリンピックに伴う変則日程に移ると、監督の原辰徳が「前半戦、突っ走りたい」と目論見を話した。

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原監督

2020年シーズンは開幕が例年より約1週間早く、五輪開会までの前半戦で99試合を消化する日程が組まれていた。

みんなが上機嫌で、キャンプが順調に進んでいることを示していた。みんなよく食べ、よく飲み、よくしゃべった。今となっては遠い昔のようである。

Jリーグと連携

私が「大変なことになるかもしれない」と感じたのは、2月24日だった。この日、政府の専門家会議が「これから1、2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」との見解を示した。

瀬戸際という言葉に力を込める尾身茂副座長をテレビで見ながら、プロ野球は開幕できるのかと危機感を持った。同時に、不安が広がる世の中にプロ野球の力を送りたいという気持ちも湧いた。

東日本大震災の際、楽天の嶋基宏(当時)が「見せましょう、野球の底力を」と挨拶した姿、阪神大震災の際、「がんばろうKOBE」をスローガンに戦ったオリックスのイチローらの姿が脳裏に浮かんだ。

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島選手

コロナ禍でプロ野球は底力を見せることができるだろうか。相手は目に見えないウイルスで、先行きは見通せない。キャンプはすでに終盤で開幕が近づいている。

翌朝、私は、東北医科薬科大学の賀来満夫・特任教授に連絡を取った。賀来先生とは一面識もない。テレビでのコメントが分かりやすくお人柄が良さそうだという印象を頼りに相談することにした。

初めての電話で、「新型コロナの感染対策をしながらプロ野球を開催したいと考えています。専門家のお立場から継続的にご助言いただけませんか」とお願いした。賀来先生は「声をかけていただいて光栄です。喜んでお引き受けします」と、即答で引き受けてくださった。

私はすぐにNPB(日本プロフェッショナル野球組織)の斉藤惇コミッショナーに伝えた。コミッショナーも大賛成で、賀来先生を座長とする専門家チームを作ることになった。

その2日後、Jリーグの村井満チェアマンが読売新聞本社へ訪ねて来られた。プロ野球はオープン戦を無観客とすることを決め、Jリーグは公式戦の中断を発表していた。

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村井氏

以前に私はJリーグの地域密着の努力を教わりに行ったことがあり、Jリーグの方々と交流があった。が、村井さんの方から意見の交換に来られたのは初めてだった。

私は、「これからどうなっていくか分からないことだらけです。プロ野球とJリーグで連携して行動していきませんか」と提案した。

具体的には、プロ野球とJリーグが新型コロナ対策の連絡会議を設置して、そこに専門家チームを置く。専門家に意見書をまとめてもらい、公式戦をどう開催するかはプロ野球、Jリーグがそれぞれ独自に判断するという構想を持ちかけた。

チェアマンは「どうすればいいか悩んでいました。光が見えた気がします」と笑顔で賛同してくれた。

3月2日、斉藤コミッショナーと村井チェアマンが並んで記者会見を開き、プロ野球とJリーグが連携して新型コロナウイルス対策連絡会議を設置すると発表した。専門家チームには、賀来先生ら3人の感染症学者が就任した。

崩れかけた足並み

その後、プロ野球とJリーグは、新型コロナウイルス対策連絡会議を頻繁に開催した。3月23日の第4回連絡会議で、賀来先生が「開幕は4月後半にしていただきたい」と述べた。これを受けてプロ野球は12球団代表者会議を開き、延期していた開幕の目標日を4月24日とすることで一致した。

このあたりまでは12球団の足並みはそろっていた。だが、感染の波はスポーツ界にも押し寄せ、それとともに状況は暗転し始める。

開幕の目標を定めた4日後の27日、阪神は藤浪晋太郎ら3選手がPCR検査で陽性と判定されたと発表した。30日には、J1神戸が酒井高徳選手の陽性を発表した。

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藤浪選手

パ・リーグの楽天はこの日、球場や室内練習場など球団施設をすべて封鎖し、チームの活動を休止した。翌日には、ソフトバンクもチームの活動を休止した。

さらに、パ・リーグはこの日、パの社長だけのウェブ会議を開き、4月24日の開幕は難しいと意見を取りまとめて、ソフトバンクの後藤芳光オーナー代行が「パの意見」として発表した。

3日後には、第5回連絡会議と12球団代表者会議が予定されていた。その場で開幕の再延期を話し合わざるを得ない状況にあることは共通理解だったはずなのに、パ・リーグの動きは唐突に感じられた。

私は後藤さんに電話をかけた。後藤さんは「孫(正義オーナー)は公式戦中止も選択肢に入れるべきと考えている。楽天の三木谷(浩史)オーナーも同じ意見を持っている」と率直に話してくれた。

選手に感染が及んだことで空気が変わったのは明らかだった。

4月に入って国内の累計感染者数は3000人を超え、緊急事態宣言の発令は間近と見られていた。

私は賀来先生に電話し、「プロ野球は開幕できるでしょうか」と不安を口に出した。先生は「人々の行動を抑えれば感染者は少なくなるはずです。医療崩壊を避けられれば落ち着いていく。私は開幕できると思います」と励ましてくれた。

4月7日、政府は緊急事態宣言を発令した。

史上初ウェブ・オーナー会議

緊急事態宣言の期間中も、プロ野球とJリーグの新型コロナ対策連絡会議はオンラインで会合を重ねた。水面下では斉藤コミッショナーが調整に動いていた。

そのおかげで、無観客で6月下旬の開幕をめざすこと、公式戦を120試合に絞るが、日本シリーズは行う方向で12球団の社長レベルはまとまりつつあった。

ただし、無観客での開催に対する葛藤はあった。それは特にパ・リーグのオーナーの間に強く、無観客試合を疑問視する意見、無観客とするなら選手年俸の減額を考えたいという意見、公式戦の中止も視野に入れるべきという意見が入り混じっているようだった。

5月12日の臨時オーナー会議の数日前、コミッショナーにどんな様子か尋ねると、「当日やってみないと分からんところもありますな」と心細いことをおっしゃる。

私はオリックスの宮内義彦オーナーに電話をかけた。32年間オーナーを続けている大御所だ。宮内さんは開口一番、「どうして無観客でやらないかんのですか」と質問してきた。

私が「こういう時だからこそ、無観客でもプロ野球をやれば、経済にもいい影響を与えるんじゃないでしょうか。巣ごもりで野球中継を見て新しくファンになる人もいるかもしれません。感染が落ち着けば少しずつ観客も入れられると思います」と答えると、宮内さんは「分かりました。私は賛成します。パ・リーグの中には反対の人もいるかもしらんが、お客さんをだんだん入れる方向をめざしましょう」と言った。

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宮内氏

臨時オーナー会議は、史上初めてウェブ会議で行われた。

議長の南場智子・DeNAオーナーが、第1議題の6月19日に無観客で開幕をめざすことを諮ると、全員が異議なしと賛成し、あっさり可決となった。

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