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中島岳志さんの「今月の必読書」…『テアトロン 社会と演劇をつなぐもの』

ブレヒト教育劇を現代に更新する試み

2019年に開催された「あいちトリエンナーレ」では、「表現の不自由展・その後」をめぐって賛否が渦巻き、「電凸」といわれる電話での抗議運動がおこった。抗議がエスカレートし、脅迫的な内容が含まれるようになると、主催者は展覧会の中止を発表。すると、不自由展以外の参加アーティストが反発し、出展のボイコットに至った。

その渦中で誕生したのが「Jアート・コールセンター」だ。電凸をアーティストが受け、抗議をする人と直接会話をする試みがなされた。これを主導した一人が著者の高山明で、彼もあいちトリエンナーレの参加アーティストの一人だった。

高山は、ドイツの劇作家・ブレヒトに大きな影響を受けたという。ブレヒトは「教育劇」を提唱し、従来の観客のあり方に異議を唱えた。観客は一方的に演劇を受容する客体ではなく、創作と学びに参加する主体である。そんな観点から、観客が批判的に介在する演劇のあり方を模索した。

これは、近代演劇の型をつくりあげたワーグナーと、真っ向から対立する。ワーグナーは自身の作品の上演を目的として、バイロイト祝祭劇場を設計した。ここの客席は、上手から下手まで一列にイスが並んでいる。そのため、演劇の途中でトイレのために席を立つことができない。上演が始まったら、演劇に集中しなければならない。お喋りや社交は厳禁で、ひたすらワーグナーの世界に没入することが要求される。

ここで目指されているのは、美的に完成された芸術作品の上演と、その祝祭に歓喜する観客の一体化だ。観客は「一つ」になることで高揚し、没入と同化を経験する。この方法は、のちにナチスによって援用され、全体主義へと接続した。

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