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東京国立博物館では「鳥獣戯画」公開! 心を癒しに美術館を歩こう

アート鑑賞のあとに庭も楽しめる“散策系”をご案内。/文・景山由美子(古美術商・ライター)

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▶東京国立博物館の左奥にある平成館では、4月13日から5月30日まで特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」が開かれている
▶心身を休める温泉として名高い箱根にも、隠れ家のような美術館がある。小涌谷の岡田美術館
▶日本画と日本庭園を鑑賞できる美術館として、地元出身の実業家・足立全康が収集した美術品をもとに1970年に開館したのが、島根県安来市にある足立美術館

景山由美子

景山さん

作品を心置きなく鑑賞できる

美術品は時代を問わず、見るものの心を豊かにしてくれます。自粛生活で疲れたとき、一枚の絵が元気をくれたり、悲しい時間を忘れさせてくれたりすることもあります。

今はコロナの影響で休館中の美術館も見受けられますが、感染対策に入場の事前予約や検温などを徹底し、美術ファンを受け入れているところはあります。さらにマスクをして密を避ければ、作品を心置きなく鑑賞できるでしょう。

私は江戸中期の画家・伊藤若冲の絵画蒐集家として、展覧会に出品した作品を見に各地の美術館を訪れますが、なかには見逃したくない展示があります。気分転換に外で散策ができるところも多いので、そんな欲張りな美術館をご案内しましょう。

日本には心を揺さぶる作品を所蔵する美術館は少なくありませんが、数多く名作を持つのが東京国立博物館です。国宝89件、重要文化財648件を含む約12万件と日本有数の所蔵を誇り、日本で最も歴史の長い博物館でもあります。

正門を入ると、遠くにコンクリートの建物に瓦屋根という和洋折衷の本館が見えます。2001年に重要文化財に指定されました。本館前は池を中心に芝生が敷かれた庭が広がります。シンボルツリーでもある巨大なユリノキが鎮座し、5月にはユリに似た小さく可憐な白い花が鈴なりに咲きます。大樹のそばのベンチに腰掛け、これからのアート鑑賞へ胸を躍らせるのも楽しい時間です。

トーハク庭園

東京国立博物館は美しい庭を開放

本館の左奥にある平成館では、4月13日から5月30日まで特別展「国宝 鳥獣戯画のすべて」が開かれます。京都の高山寺に伝わる平安から鎌倉時代の絵巻物は何度か展示され、そのたびに絶大な人気を博しました。擬人化された動物や人々の様子が、墨一色で躍動感あふれる筆致で描かれています。いきいきした動きやコミカルな表情は、何回眺めても飽きることはありません。

よく知られているのはカエルとウサギが相撲をとるシーンですが、これは作品のほんの一部。今回は甲・乙・丙・丁の全4巻、合計44メートル超の全場面が、会期中は展示替えもなく一挙公開されます。元来、絵巻物は手元で繰りながら右から左へと展開を愉しむものなので、本来の鑑賞方法を疑似体験できます。しかも甲巻は動く歩道に乗って鑑賞するという今までにない試みです。

また、かつて4巻から分かれた断簡や、原本ではすでに失われた場面を留める模本も集結。まさに絵巻物の全貌が分かる貴重な機会です。

たっぷり鑑賞すると、満ち足りてまっすぐ帰路につく人も少なくありませんが、本館裏の庭園へも足を運んでみてください。こちらは知る人ぞ知る場所です。池を中心に四季折々の草花に彩られ、4月はオオシマザクラ、5月にはツツジが楽しめます。ぐるりと歩くだけでちょっとした森林浴気分を味わえますし、腰掛石も新たに設置され、ここに座って庭園全景を眺めることができます。

庭園には、5つの茶室が点在します。京都御所内の九条邸にあった元居室「九条館」、江戸中期の画家・円山応挙ゆかりの「応挙館」など由緒あるものばかりです。しかも有料で利用でき、茶会のほか句会などさまざまな用途で使えます。美術館が所有する茶室は茶会の利用に限る場合が多いですが、ここでは大人が楽しむ空間として活用できます。

東京国立博物館

東京国立博物館本館と芝生の庭

花を愛でる根津美術館

ファッションの最先端をゆく東京・表参道の一角にも、素晴らしい庭園を持つ美術館が存在します。表参道駅から10分ほど歩くと、竹の植え込みが目を引く建物が現れます。2009年に建築家・隈研吾氏による設計で新創された根津美術館です。

“鉄道王”と称された近代の実業家・初代根津嘉一郎は、経済界で活躍しながら茶人として「青山(せいざん)」の号を持ち、茶の湯にも親しみました。若い頃から大の骨董好きで、茶道具や古美術など彼の蒐集ぶりは豪快を極め、当時、盛んだった名家の売立(競売)では他者を圧倒する高値で、名品を次々と落札したそうです。

とはいえ嘉一郎は、現在のアート界で目立つ投機目的の実業家ではありません。当時の日本は茶道具や刀剣、仏像などの美術品が大量に海外に流出する危機的状況でした。そこで嘉一郎など財界人が社会的使命として名品を保護するため、積極的に蒐集したのです。そして自らのコレクションを秘蔵するのではなく「多くの人と楽しみたい」という願いから、ここでは日本を代表する名作が惜しみなく公開されています。

なかでも有名なのは、尾形光琳の「燕子花図屏風」。年に1度、カキツバタ(燕子花)の咲く頃にお披露目されます。今年は開館80周年を記念して「国宝 燕子花図屏風-色彩の誘惑-」と題した展示が4月17日から5月16日まで開かれます。

根津美術館

国宝 燕子花図屏風(右隻) 尾形光琳

江戸時代初期の17世紀に活躍した尾形光琳によるこの屏風絵は、総金地の背景に群青と緑青を使って、シャープかつダイナミックな構図で燕子花を描いた代表作です。燕子花のみが描かれています。

光琳のほかの作例では燕子花とともに、八橋が描かれているものもあります。八橋とは、京都のお菓子「八ツ橋」の名の由来ともいわれる、幅の狭い板をジグザグに繋ぎ渡した橋。これは在原業平の、東国に下る途中、三河国の八橋で燕子花を目にし、恋人を想うという伊勢物語を暗示しているからです。しかし、この絵に橋は描かれていません。鑑賞者が橋の上に立っていると想定し、あえて描かなかったのかもしれません。

そんな空想を愉しんだら、次は日本庭園へ向かいましょう。本物のカキツバタが出迎えてくれます。起伏に富んだ広大な庭は広さ1万7000平方メートルを超え、池泉を中心に4つの茶室が点在しています。お目当てのカキツバタは、茶室「弘仁亭」の前の池に群生しています。

カキツバタを観た後、改めて光琳の作品へ戻るのもいいでしょう。約320年前から金屏風で咲き続ける燕子花と、今を盛りに目にも鮮やかな花を咲かせる庭園のカキツバタ。両者を見比べて、過去と現在、絵画とリアルを行き来して、その魅力を再確認してみましょう。歩き疲れたら、全面ガラス張りのカフェで休むのもおすすめです。

根津美術館1

青山の一等地で緑ゆたかな根津美術館

岡田美術館は足湯も楽しい

心身を休める温泉として名高い箱根にも、隠れ家のような美術館があります。小涌谷の岡田美術館です。

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