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天才ポン・ジュノの助監督を務めて学んだこと 『パラサイト』アカデミー賞4冠を観て悔しくなった

『パラサイト 半地下の家族』が世界中の観客を魅了している。カンヌ国際映画祭で韓国映画として初の最高賞パルムドールを受賞、さらに第92回アカデミー賞で最多の4部門(作品賞、監督賞、脚本賞、国際長編映画賞)を受賞。中でも作品賞受賞は、非英語映画初の快挙だ。ポン・ジュノ監督は『ほえる犬は噛まない』(2000年)でデビュー。『殺人の追憶』(03年)や『グエムル 漢江の怪物』(06年)が大ヒットし、韓国を代表する巨匠に。長編7作目にあたる『パラサイト』を含む、全ての映画で脚本を手掛けている。

片山慎三氏(39)は、昨春『岬の兄妹』で監督デビュー。自閉症の妹と兄の貧困や性を大胆に描き、「2019年最大の衝撃作」と話題をさらった。ポン・ジュノ監督の『TOKYO!〈シェイキング東京〉』(08年)、『母なる証明』(09年)では助監督を務めた。


ポン・ジュノ監督の作品にあって日本映画にないものとは何か。片山氏が語った。/文・片山慎三(映画監督)

言葉が分からなくても伝わる凄み

『パラサイト』はポン・ジュノ監督の“発明”だ――。

初めて『パラサイト』を観た時、僕はそう感じました。この映画は、コメディーやサスペンス、社会派など、一つのジャンルには括れません。これまでも監督はジャンルにとらわれない作品を作り続けてきましたが、『パラサイト』はその一つの到達点のように見えました。「ポン・ジュノ」という一つのジャンルを生みだしたのです。観終わった後、しばらく呆然とし、悔しさが込み上げてきました。

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『パラサイト 半地下の家族』
©2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

『パラサイト』を初めて観たのは、昨夏、自分が監督した『岬の兄妹』で台北映画祭に参加していた時のことです。日本での公開は半年後でしたが、台湾では既に上映されていたので、待ちきれずに英語字幕で観ました。

作品の凄みは、言葉が分からずとも十分に伝わりました。音楽、画(え)、テンポ、色調、そしてセットと配役。全ての完成度が高くて非の打ち所がない。圧倒されて翌日も映画館に足を運び、今度は中国語字幕で鑑賞しました。帰国後にはポン・ジュノ監督と交流のある阪本順治監督と一緒に試写を観ましたが、終わった後、阪本監督も呆然としていました。やはりショックだったのだと思います。「感動を越えて、ひざから落ちた。これはもう映画の範疇に収まらない。(ポン・ジュノ監督は)現代のミケランジェロだ」とその衝撃をコメントにしています。

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片山氏

韓国の友人から『パラサイト』がアカデミー賞の6部門でノミネートされたと連絡が来たときは、興奮すると同時に、少し不安になりました。ノミネートされた他の作品と比べても『パラサイト』は群を抜いて面白いけれど、果たして英語ではない作品でオスカーが取れるのか。でも、そんな心配は杞憂に終わりました。アメリカのアカデミー賞は「ガチ」なんですね(笑)。

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ポン・ジュノ監督

手描きの絵コンテの衝撃

僕が初めてポン・ジュノ監督の作品を観たのは『殺人の追憶』です。『パラサイト』にも出演している俳優のソン・ガンホさんが初めて監督とタッグを組んだ作品で、実際にあった未解決事件を題材にしたもの。DVDが出てすぐ観たのですが、これがとにかく面白かった。一方で「なんで自分はこれを思いつかなかったんだろう」と歯がゆい気持ちになったのを覚えています。もう少しで手が届きそうに見えるのに、なかなかその背中を捉えられない。ポン・ジュノ監督の映画って、クリエイターを悔しがらせるんですよね。

僕は10代の終わりからテレビドラマの現場に入り、04年頃から助監督の仕事をするようになりました。その頃、日本ではテレビと映画の垣根がなくなり、映画がテレビドラマよりも低予算、短期間で作られることも珍しくなくなっていました。このままでは映画はダメになる。自分は映画を続けるべきか真剣に悩んでいました。

韓国人の友人が『シェイキング東京』の現場に誘ってくれたのは、そんな時でした。監督は『殺人の追憶』のポン・ジュノだというので、是が非でもやりたいと飛びついたのを覚えています。

現場でまず驚いたのは、ポン・ジュノ監督が全てのシーンの絵コンテを描いて、役者やスタッフと共有していたことです。『パラサイト』ではiPadで絵コンテを描いたそうですが、当時はまだ手描き。カメラの画が変わる1コマ、1コマを詳細に、まるで漫画のように描いていました。日本では、アクションなどの一部のシーンの絵コンテを描く監督はいましたが、全てを描く監督は初めてで、新鮮な驚きを感じました。

また、演出部や助監督を育てようとする監督の人柄にも魅了されました。『殺人の追憶』では、助監督にワンシーンを撮らせたり、ワンカットを演出させたりすることもあったと聞きました。

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監督は人を立てるのがとてもうまいんです。僕は『シェイキング東京』でエキストラへの指示出しをしましたが、ロケ地が坂道でエキストラは大変でした。なんとか撮り終えた後、監督が僕に「This is your shot.」と声をかけてくれたんです。「このカットは君のおかげで撮れた」。これまで一緒に仕事をした監督から、そんな風に言われたことはなかったので、ちょっと感動してしまいました。

脚本料を削ってロケ費用を

「この監督はすごい」と心から感じたのは、作品にかける「姿勢」です。『シェイキング東京』は、セットではなく空き家で撮影したので、監督が思い描いていたカットを撮るには、勝手口を玄関にしなければなりませんでした。しかし、勝手口を玄関に見せるには美術費用がかさむので、プロデューサーが「ちょっと、予算が……。何とかなりませんか」と渋りはじめました。しかし、監督は穏やかに「私がお金を払いますから、やりましょう」ときっぱり断ったんです。結局、プロデューサーも「監督がそこまでいうなら」と、監督の言う通りに撮影することになりました。こうした監督の「男気」に、僕は感銘を受けました。

日本ではヒットメーカーと呼ばれる監督でも、大作になるとバックにスポンサーやテレビ局がつき、作品をコントロールできなくなる。でも、ポン・ジュノ監督は、自分の理想に向かって全てをコントロールしようとしていたし、それが上手くいっていた。「こういう監督になら、なってみたい」。そう思ったんです。もし、ポン・ジュノ監督に出会っていなかったら、僕は映画を作ることをやめていたと思います。そういう意味で、監督は僕にとって恩人なんです。

監督の映画に対する姿勢は今も変わっていません。『オクジャ/okja』(17年)で、予算が足りないからニューヨークロケが出来ないと言われたときは、監督は自分の脚本料の一部をロケの費用に充てたと聞きました。奥さんには内緒だったそうです(笑)。

「良かったです。もう1回」

もっとこの監督のもとで映画を学びたい。そんな思いで、ノーギャラで良いからと頼み込んで、助監督をしたのが『母なる証明』でした。

当時、ポン・ジュノ監督は既に韓国の大監督で、助監督をやりたい人は他にもいたはずです。それに、ギャラをもらわないにせよ、1人増えれば宿泊費や食費が増えるし、僕は韓国語が話せるわけでもありません。日本語が話せるスタッフがいると聞いていたのですが、僕が韓国に着いた時にはクビになっていました(笑)。それでも、僕を助監督として受け入れてくれた監督、現場の方たちには本当に感謝しています。結局、8人の助監督の一番下につき、監督のモニターをセットするなど、会話が出来なくてもできる作業をさせてもらいました。

『母なる証明』での1年は、監督の「妥協のなさ」を目の当たりにする日々でした。あれほど緻密に絵コンテ(扉写真を参照)を描き、画角や映り込みの細部にまでこだわって事前に決めるにもかかわらず、何十回もテイクを重ねるのです。

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母なる証明の絵コンテ

映画監督というと、役者を叱るイメージがあるかもしれませんが、ポン・ジュノ監督は、まず褒める。「すごく良かったです。もう1回行きましょう」と。僕は「えっ、良かったのになんでもう1回?」と思って(笑)。毎回何がダメなんだろうと思いながら見ていました。撮影期間中、だんだん僕も韓国語の会話の内容が分かるようになったのですが、監督は言葉のニュアンスを微妙に変えて、いろいろなパターンを試していたのです。気づけば40テイクも撮っているのですが、褒められながらなので、役者もあまり負担に感じないし、スタッフたちもやりやすい。ポン・ジュノ監督は、冷静で頭のいい大学教授のような印象を受けました。

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『パラサイト 半地下の家族』は、半地下で暮らす、全員失業中の貧しい一家と、IT企業を経営する裕福な社長一家という対照的な2つの家族をコミカルに、時にスリリングに描く。タイトルの「半地下」は、韓国では「貧しい家」の象徴だ。北朝鮮からの挑発に備える避難所として作られ、後に住居になった。現在も約82万人が半地下に暮らしている(韓国統計庁・2015年時点)。

韓国に「地下に住む人たちがいる」ということは、『母なる証明』で助監督をやるにあたって住む家を探していた時に知りました。地下の物件は、地上の家よりも少し家賃が安いんです。僕は地下も良いなと思ったのですが、同居する韓国人の助監督が、「地下は嫌だ」と言ってやめました。ジメジメしていて、暗い。そして便所コオロギがいる。韓国人にとって「地下の家」のイメージはよくないようでした。

窓が物語る2つの家の格差

『パラサイト』は、2つの家を効果的に対比させることで現代の格差を浮かび上がらせていきますが、その格差を明確にするため、2つの家族に共通点を持たせています。分かりやすいのが、父、母と子ども2人の4人という家族構成。それから僕がやられたと思ったのが、窓の使い方です。貧しい家も裕福な家も、窓の横幅がシネスコ(ワイドスクリーン)にちょうど収まる比率で撮られている。そして、同じ窓でも、そこから見える景色は全く違うんです。窓を通して視覚的に2つの家の格差を浮かびあがらせていて、監督にお会いしたとき、「すごくいい表現ですね」と伝えました。

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窓で格差を表現
©2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

気づけば僕はこの作品を5回も鑑賞していましたが、その度に新たな発見がありました。例えば、半地下の家族が飲むお酒が、安いビールから次第に高価になり、最後はウィスキーになるでしょう? 「お酒」が一家の経済状況を表す一つのアイテムになっているんです。こうしたニクい演出に、何度も唸りました。

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★2020年4月号(3月配信)記事の目次はこちら

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