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赤坂太郎 「連合を割る」岸田・麻生の芳野取り込み戦略 労組の連合離れと保守分裂選挙……地殻変動の震源にあるものとは?

文・赤坂太郎

「連合」の分断を狙う

「やらせてみたらそこそこやるじゃねえか。案外、労働組合も悪くはねえし。岸田は運がいいのかもしれねえな」

自民党副総裁の麻生太郎の最近の口癖である。この言葉には、現在の永田町を覆う空気が凝縮されている。1年前には誰もその座につくとは想像していなかった首相の岸田文雄は、約6割の政権支持率を維持している。今年年初にはコロナ第6波で不手際が続いたが、ロシアのウクライナ侵略という“運”が味方し、支持率は上向いた。

そんな岸田が狙うのが、日本最大の労働組合「連合」の分断である。公称約700万人もの加盟会員を削り取るという野望だ。

連合会長の芳野友子は麻生と会食を重ね、自民党への接近を隠さない。麻生も4月17日、福岡市内の会合でこう述べた。「今、1番、労働者の先頭に立って経営者に向けて『給料を上げろ、労働分配率を増やすべきだ』と言っているのは自民党だ」。その上で、「自民党内で労働組合について説得するのは大変だったが、自民党とも食事をして酒を飲むところまできた。時代は大きく変わっている」として、連合との協調をアピールした。対する芳野は翌18日の自民党政務調査会の会合に参加し「政策実現のため、ぜひ自民党にも力を貸していただきたい」と訴えた。“労働者の代表”たる連合トップが自民党政調会の会合に招かれるのは、異例中の異例だ。

こうした動きを反映するかのように、今、連合の足元では不気味な動きが広がっている。

「賛成2455票、反対319票、無効182票、棄権711票」――。3月16日、岐阜県職員の労働団体「県職員組合」が上部組織の自治労県本部から3月末で脱退することを決めた投票結果である。

都道府県の職員組合が自治労の各本部から脱退するのは、もともと加入していない千葉や愛知を除くと、前代未聞である。連合岐阜傘下の組合員は8万人超だが、そのうち自治労県本部は主要な産業別組織の一つで、県職員組合には約4000人が加入している。県職員組合は自治労県本部から抜けたことで、連合岐阜からも脱退する。

これを受けて、与野党幹部、そして連合内部に衝撃が走った。地方で起きたこの「乱」が、全国各地でドミノ現象を引き起こし、中央政界の地図を塗り替える可能性が出てきたからだ。

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カット・所ゆきよし

自民支持に流れる労組票

地殻変動は、昨年の自民党総裁選前後から起きていた。その震源地は自動車業界である。脱炭素の流れに翻弄される自動車業界は、厳しい試練に晒されている。政府と一体となってEV転換を進めなければ、日本経済の屋台骨である産業が滅亡する——。

この状況を見て布石を打ったのは自民党だった。昨年9月、自らの選挙区に自動車工場などを抱える自民党議員の有志が議員連盟「自動車立地議員の会」を結成。共産党と距離がある民間労組のうち、特に与党寄りとされる自動車関係の労組を取り込む狙いだった。脱炭素と地方経済振興の両方の立場からの政策を協議することで、労組側は次第に自民党側に靡いて行く。

最初に動いたのは、自動車総連傘下の最大の組織で組合員数35万8000人を擁する全トヨタ労働組合連合会(トヨタ労組)だった。トヨタ労組会長の鶴岡光行は、これまで自動車総連出身の国会議員が国民民主党に所属していたことなどから「政策で一番近いのは国民民主」とし、国民民主所属の候補を軸に連携する考えを示してきた。ところが昨年10月の衆院選でトヨタ労組は自民党を支持する方向に舵を切り、連続6回当選してきた同労組出身の古本伸一郎(愛知11区)が出馬断念に追い込まれたのだ。国民民主、そして自動車総連を抱える連合が受けたショックは大きかった。

さらなる地殻変動は、首長選での保守分裂にもみられた。先に述べた岐阜県では、昨年の県知事選は保守分裂選挙となり、県職員組合は新人候補を推した。結果は敗北に終わったが、労働組合が保守系の一方を支持するという構図は、他の地域でも増えている。首長選での保守分裂選挙は相次いでおり、2020年10月の富山県知事選をはじめ、昨年1月の岐阜、4月の秋田、7月の兵庫、今年2月の長崎、3月の石川などの各知事選で保守系の候補者同士が対立している。こうした傾向は各地の市長選などにもみられ、今後の国政の流れを予感させる。

小渕優子の芳野取り込み作戦

なぜこのような変化が起きているのか。そもそもの発端は、立憲民主党の前代表の枝野幸男が共産党との連携を模索したことにある。芳野をはじめ連合幹部は立民と共産との選挙協力を一貫して批判し、衆院選での選挙区調整は立民と国民民主の両党で行うよう求めていた。連合の立民離れは、自民党内の地殻変動を誘うことになる。

自民党にとっての外敵が見当たらなくなると、権力闘争の矛先は野党ではなく、必然的に内部へと向かう。地方県政の主導権をめぐる自民党国会議員の争いは、野党を支持してきた労組を巻き込む形へと発展したわけだ。

度重なる地殻変動を受け、昨年10月の会長就任直後から芳野は「労働者のためになることなら与党も野党も関係ない」と、自民党に秋波を送ったが、魚心あれば水心。岸田は自民党幹事長の茂木敏充に指示し、組織運動本部長の小渕優子を介して水面下で芳野とのパイプを構築し始める。小渕は「芳野さんは時代の流れをすべてよくわかっている」と周辺に漏らすなど、良好な関係を徐々に築いていく。

昨年12月8日、茂木が芳野と党本部で初めて面会し「初の女性会長なので頑張ってほしい」とエールを送った。自民党幹部と連合会長の面会は、元幹事長の二階俊博との個人的なパイプがあった二代前の会長の古賀伸明以来、約8年ぶり。芳野はこの日、麻生とも個別に面会した。いずれの面会にも小渕が同席している。

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