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孫正義の借金はもう限界 米国の利上げで今後もっと苦しくなる 神谷秀樹(投資銀行家)
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孫正義の借金はもう限界 米国の利上げで今後もっと苦しくなる 神谷秀樹(投資銀行家)

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米国の利上げで今後もっと苦しくなる。/文・神谷秀樹(投資銀行家)

経営者の真価が問われる

ソフトバンクグループの米国預託証券は、昨年2月に47ドルと最高値を付けていたが、この5月には最安値が17ドル割れと約3分の1まで落ち込んだ。決算説明会で会長兼社長の孫正義さん(64)は、今は「新たな投資に能天気に回す」のは控えめにすると「らしくない」ことを言い出し、「守りを固め、現金を手厚く手元に持つ」と宣言するしかなかった。歴代2位、1兆7000億円もの大きな損を発表したのだから当然だろう。

孫さんの会社は世界中の投機家と金融機関からお金をかき集め、孫さんが選んだ“有望企業”に投資する投資会社を標ぼうしてきた。こういった会社は、株価が好調のときはどこでも順風満帆だ。だが、現在のように米国が金利を上げる局面になると必然的に株が下がるため、ほとんどの会社がピンチに陥る。アメリカのヘッジファンドの中には手仕舞いするところも出てきた。経営者の真価が問われるのはこういう時だ。

対照的なのは、一時評価を下げていた「オマハの賢人」ことウォーレン・バフェット(91)で、ここに来て評判が再び上がっている。ここ数年ナスダック総合指数の上昇に比べ、彼が運営する持株会社バークシャー・ハサウェイの株価は冴えなかった。市場はバブっており、投資機会に恵まれず現金を貯めこんでいたからだ。しかし4月に入って市場全体の株価が大きく下がる中で、同社の株価は持ちこたえナスダックを上回った。保有する株が大きく下落することなく、常に穏やかに上昇してきたからだ。株の値下がりを受け、バフェットはシティグループをポートフォリオに加えた。

孫さんの苦境に拍車がかかるのは、投資家に高利のリターンを約束し、金融機関からも借金して運用額を膨らませているからだ。サウジの皇太子からの投資は7%の利回りを保証しており、このレベルの金利になるともはや借金と同じだ。

孫さんはバフェットとは正反対の人で、ナスダック市場の空前の株価上昇を前にいてもたってもいられなかった。20年11月から、170億ドル(約2兆円)もの上場銘柄を買い集め、「ナスダックのクジラ」と呼ばれるほどの大規模のファンド(ソフトバンクGの子会社SBノーススターのこと)をはじめた。ところが、そのナスダック市場は年初から3月末まで1600ポイント下落し、さらに4月から現在までにその2倍以上も下げた。SBノーススターはこの4月、52億ドルも損を出して清算に追い込まれてしまった。

ほうぼうから借金しまくり

日本ではあまり報じられないようだが、ブルームバーグやフィナンシャルタイムズなど欧米メディアでは、この春、孫さんの話題に事欠かなかった。「金策」に走り回っていることがたびたび報じられたのだ。

まず、ソフトバンクGが運営するビジョンファンドの株を担保に入れた。アポロというハゲタカファンドのグループからはすでに40億ドル借りていたが、さらに同じグループから3月に高金利で11億ドルの追加融資を受けた。これでアポロからは合計51億ドル(約6500億円)借りることになった。

つぎにヤフーの運営会社であるZホールディングス株を子会社から借り受け、株券貸借取引で1000億円を調達した(これも3月)。Zホールディングス株を実質担保にしたということだが、この株を保有するのはソフトバンクG50%出資のAホールディングスだから、普通のやり方ではない。

そしてついにソフトバンクGが保有する残り少ない「虎の子」英アーム株も担保に入れた。320億ドルで購入し、600億ドルの評価で公開したいとしていたこの会社の未公開株を担保に、JPモルガンやゴールドマン・サックスといった世界11の金融機関から80億ドル(約1兆円)借りたのだ(これも3月)。

アームは優良企業といわれるが、大きな問題を抱える会社だ。中国現地法人の反乱により2年越しの経営権争いが続き、株式公開は危ういと見られていた。孫さんは決算説明会で「今週、新たに進展した。2人の代表員の登記が終わった」と語ったが、前トップのアレン・ウー(呉雄昴)は主たる幹部たちとともにまだ闘争を続ける姿勢を見せている。

そもそも現下の環境ではたして孫さんが目論見通り公開できるのか。アームは半導体の設計会社であるため、フィナンシャルタイムズは、経済安全保障の観点から「アームは半国有化すべき」という英国会議員の論文を取り上げている(5月17日)。アームを買ってもらう予定だったエヌビディアの株価もピークから半分以下に落ちている。目論見通りの価格となるかどうかはわからない。

金策はこれだけでは済まない。孫さん個人もソフトバンクGの持ち株33%を担保に入れ、340億円借りた(3月)。日本でも話題になったロボット「ペッパー」を造っていた会社は製造を止めていたが、ドイツ企業に売却した(4月)。インドネシアのジョコ大統領に約束していた新首都への投資案も「見直し」することにした(3月)。

借入は増えるばかりだ。孫さんは、ソフトバンクGの借入金は純資産に対して10%に抑えるとしていたが、それが3月末で20%に上昇。現在は孫さん自身が限界とする25%に近いのではないか。ソフトバンクGが保有する会社はほとんどが赤字で、担保価値があるのはアリババとアームくらいだ。他は設立以来、ほとんど稼いだことのない未公開会社ばかりで担保に値しない。借金ももう限界だろう。決算説明会で「今の状況は『守り』」だから「投資基準の厳格化」をはかると同時に「継続的な資金化」を続けると語っていたが、市場の強烈な逆風に出資先の価格は落ちる一方で、資金化をどの程度進めることができるのだろうか。

孫正義

孫正義

経営責任を明確にせよ

まともな公開企業ならばこれだけの損失を計上したら、当然、経営責任を明確にする時期だ。今後の経営環境を考えるなら、少しでも早く後始末ができる人材を選ぶべきだが、ソフトバンクGは、孫さんの「個人商店」だからそれができない。投資家も金融機関も孫さん個人に賭けている。だから企業としてガバナンスがまったく利かない。投資先選びもその原資を集めるのもみんな孫さんがやっている。

孫さんは、経営者との面談で得た直感で投資するかどうかを判断する人で、慎重なデューデリジェンス(投資先の価値やリスクの調査)に力を入れていない。部下は孫さんが決めたことには反論できない社風と聞く。その結果、破綻先が多く出てきてしまうのだ。孫さんがAIの未来を語り、人類の幸福を語っても、その夢は雲散霧消してしまう。

つまずきのきっかけとなった「ウィーワーク」(米国)についても、なんだかんだと「夢」を振り撒いてみせたが、その実態は、昔ながらの「雑居オフィス転貸業」に過ぎない。大きなスペースを借り、それを多数の店子に転貸する古くからある不動産業の一形態だ。

2019年1月に孫さんはこの会社の価値が470億ドルあるとみて100億ドル投資した。株式公開すれば600億ドルになるという話もあった。ところが公開準備が進むと問題が次々と明るみに出てこの価格が150億ドルに萎み、公開は見送られた。その結果、資金繰りが滞り、彼が入れ込んでいた創業者アダム・ニューマンを解雇して再建に入る。昨年10月に晴れて公開し最高値14ドル97セントを付けるが、その後ほぼ一貫して下落。5月の底値が4.5ドルで時価総額は40億ドル。孫さんが付けた価格の10分の1にも満たない。

ウィーに続いたグリーンシル

生き残っている会社はまだましだ。「グリーンシル・キャピタル」(英国)に至っては経営破綻した。レックス・グリーンシルというオーストラリアの金融家が2011年に設立した会社だが、カリスマティックな人らしく孫さんのお眼鏡に適い15億ドルも出資を受け、急成長し資産を膨らましたが、2021年に破綻し、いまは債権者のクレディ・スイスと係争中だ。フィナンシャルタイムズによると、孫さんは全額償却した。元英国首相のデイビッド・キャメロンもすっかりだまされたらしい。

この会社が掲げたのは「サプライチェーン・ファイナンス」。新しいビジネスに聞こえるかもしれないが、なんのことはない、その実態は売掛債権の回収会社だ。

孫さんが出資した企業のほとんどは創業以来利益を出していない。中国の「DiDi」(タクシー配車)の株価はピーク時の18ドルから9割減、韓国の「クーパン」(通販)は46ドルから8割減、米国の「ウーバー」(タクシー配車)は56ドルから6割下げている。

そもそも孫さんの会社は、保守的な資産運用会社とちがって、運用受託したファンドの評価損益まで運用会社の損益に連結させている。これは市場がバブっているときはいい。だが、現在のような下降局面では損失は強調される。そのうえ時価会計の国際会計基準を採用し、株価の上下、評価損益の上下が四半期決算に表れるだけでなく、さらに負債でテコを利かせているのでこの上下が一層拡張されてしまう。

この1年を振り返ると、なによりアリババ株が暴落してしまったのが相当な痛手だった。創業者ジャック・マーが中国の金融当局に睨まれ公の場から姿を消したこともあり、株価はピークの約300ドルから現在80ドルと4分の1だ。利益は出しているが、中国共産党の締め付け、コロナ流行、不動産バブル崩壊、対米関係悪化など逆風が強い。こうなっては習近平の心変わりを待つしかない。

孫さんはこれまでジャック・マー、ヤフーのジェリー・ヤン(台湾出身アメリカ人)などの起業家を見出して富を築き上げてきた。一般的なウォール街のアメリカ人やアラブのお金持ちは、こうした東洋人起業家を見出すことに困難を感じており、「マサ」は良い目と嗅覚を持っているように見えた。

ジャック・マー

姿を消したジャック・マー

なぜ経営幹部は去るのか

彼が雇ったファンド・マネジャーの多くは、お行儀がよくないことで知られるドイツ銀行(トランプ前大統領の御用達)から飛び出したインド人グループ。これもウォール街ではユニークな存在だ。ウォール街はいまだに圧倒的にユダヤ人中心の社会で、アングロサクソンなど欧州系でさえ端にいる。インド系のバンカーが台頭してきたのは、証券化やクオンツ分析(数学的手法をつかう)が台頭し、「算術」を得意とする彼らが実績を上げてからなので比較的最近だ。彼らを束ねる孫さんにアラブの王家など魅了されたわけだが、今ではマサの目と鼻を信頼したことを後悔しているかもしれない。

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