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アベノマスク、星野源コラボ動画、検察庁法改正……自爆した「官邸官僚」

なぜ、失策ばかり続けるのか。その元凶は、首相の威光を笠に着て思いつきの政策をごり押ししてきた官邸官僚たちだ。キーパーソンは、経産省からやって来た“お笑い担当”秘書官、「官邸の金正恩」とあだ名される人物である。/文・森功(ノンフィクション作家)

迷走するコロナ対策

アベノマスクの配布が高らかに宣言されたのは、4月1日のことだった。5万世帯に2枚ずつ、学校用や妊婦向けを含め1億3000枚の布製マスクを届けるという。当初からエイプリルフールの冗談ではないかと揶揄されたアベノマスクは、やがてカビやシミ汚れ、髪の毛や虫までが混入されている妊婦用のマスクが届き、世間が騒ぎ始めた。5月に入ると、市販のマスクがそこら中に出回るようになる。

「いったいアベノマスクはどうなっているのか、もう必要ないけど」

巷で冷たくあしらわれているマスク政策は、迷走する政府のコロナ対応を象徴しているかのようだ。

使用_③支持率は過去最低_トリミング済み

支持率は過去最低

もとは北海道に配ったサージカルマスクが好評だと聞き、気をよくしたのだろう。緊急事態宣言の必要性を迫られてきた首相の安倍晋三が3月28日、不足していた医療機関向けマスク1500万枚を用意したと記者会見で胸を張った。

さらに、全所帯に配布するアベノマスクに先駆け、まずは全国一斉休校をしてきた小中高の児童や生徒たちに配ろうと考えたようだ。実際に首相官邸のホームページ(HP)の会見録にもこうあった。

「全国の小中高、これは(休校から)再開するということを踏まえているのですが、向けに、1100万枚、ざっと計算しますと、小中高生が900万人でありますからそれを上回る、教職員等も含めて1100万枚の布製のマスクを今後、確保して、4月中を目途に配布をします」

実は首相がアベノマスクの計画を初めて明らかにしたのはエイプリルフールではなく、この記者会見だった。安倍はこう言葉を足した。

「4月中には1億枚を超える布製のマスクの生産が見込まれておりまして、感染拡大防止の観点から必要な皆さんに幅広く配布をしていきたい」

官邸HPの書き換え

首相会見を受け、小中高生へのマスク配布を報じたメディアもある。しかし実際のところ、すべての小中高生に配るとすれば、900万枚はおろか1100万枚でも足りない。そこで会見議事録は12時間後、こう書き換えられた。

「全国の小中校、これは再開するということを踏まえているのですが、向けに、1100万枚……」

「小中高」が「小中校」となり、いつの間にか高校生が外れている。なぜこんなことになったのだろうか。

「そもそも国の一括買い上げで4月中に配布されるマスクの中に高校生は含まれていませんでした。もともと文科省は、財務省と3月中旬から小中学生を対象にしたマスクの配布を調整してきました。それで総理に説明していたところ、官邸の広報担当責任者である長谷川(榮一首相補佐官)さんが取り違えた。小中高と勘違いしてしまった。文科省などに指摘され、慌ててHPを書き換えたのでしょう」

厚生労働省新型コロナウイルス対策本部に置かれたマスクチームの一人がそう打ち明けてくれた。官邸の広報室が原稿にしてしまったのだろう。広報室に聞くと、「単純な事務的ミス」だとするが、決してそうではない。首相の会見にあるように、小中高を対象にしてきた全国一斉休校の解除を前提にすれば、とうぜん高校生も配布先に加えなければならなくなる。マスクチームのメンバーがこう補足説明する。

「だから結局、高校生も必要だとなった。それで慌てて高校生の400万枚分を追加し、1500万枚を配るよう、手配させられることになりました。しかし当初の計画より増えたせいで、4月中の配布計画が5月末までずれ込んでしまったのです」

現在も官邸のHPにはそのまま「小中校」と掲載されているが、配るのは高校生までの1500万枚だ。児童や生徒数の900万余りは文科省に問い合わせるまでもなく、少し調べれば誰でもわかるのだが、それすら確認せずに記者会見し、現場が混乱してしまった。再びマスクチームメンバーの解説。

「厚労省のマスクチームは医政局経済課が中心になって構成され、4月からその数が増えて40人ほどになっています。増えた分のほとんど、15人ほどが経産省からの出向組。形の上でマスク業者との契約主体は厚労省ですが、経産の課長や室長級の三人衆が主導して契約を結んできました」

“お笑い担当”秘書官

経産内閣と呼ばれる安倍政権では経産官僚が各省に出張り、指図している。さらにそうした経産官僚たちを動かしてきたのが官邸官僚たちだ。首相の政務秘書官と補佐官を兼務する今井尚哉を筆頭に、広報担当首相補佐官の長谷川や首相の事務秘書官である佐伯耕三らである。

首相の威光を笠に着て思いつきの政策をごり押ししてきた、と酷評されるその官邸官僚たちの中にあって、とりわけ佐伯は目立ってきた。アベノマスクの生みの親とされ、コロナ対策で最も注目を集めている。マスクチームは事実上佐伯の傘下にあり、品薄が指摘されると、増産を担当した経産省政策立案総括審議官の荒井勝喜を怒鳴りつけたと評判を呼んだ。どことなく愛嬌のある丸っこい身体とは裏腹に、強権を振るうその姿は「官邸の金正恩」などとあだ名される始末だ。

使用_②マスクの発案者、佐伯_トリミング済み

マスクの発案者、佐伯氏

1975年、兵庫県に生まれた佐伯は屈指の東大進学率を誇る灘中灘高を卒業し、東大法学部を経て98年4月、経産省(当時は通産省)入りした。経産省の先輩官僚である今井に引き立てられ、06年から07年の第1次安倍政権でも、今井の下で首相秘書官補を務めてきた。

「総理の演出そのものは僕がやらなければならない部分がありますけど、僕は広報の仕事を少しずつ佐伯君に任せてきました。彼の(スピーチ原稿)はテンポがいい」

かつて今井本人が私にそう語った。佐伯は首相のスピーチライターとして認められてきた。とりわけ15年の「戦後70年総理談話」は有名だ。そんな佐伯の灘中灘高の1学年先輩に三重県知事の鈴木英敬がいる。

「僕は1年浪人して東大に入りましたが彼はストレート。飛び抜けて優秀でしたね。僕らが高3で予備校の東大模試を受けたとき、佐伯秘書官はまだ2年生。試しに受けただけでしょう。高2なのに、全国の成績優秀者になったほどです」

鈴木もまた東大から経産省入りし、11年4月、36歳の全国最年少知事となる。鈴木が世の風評とは異なる当人の意外な一面を披露する。

「大学と経産省では同期なのですが、彼は礼儀正しく秘書官になってからも人前では『知事』、プライベートでは『英敬さん』と呼んでくれます。僕は中学高校の先輩でもあるわけですが、彼から見てそういう高校の先輩たちともいっしょに草野球をやったり、飲み会をやったり。スッと仲間に入ってくる愛すべき明るいキャラクターの持ち主なんです」

鈴木は経産官僚たちを中心に01年、「OPJ2001」という草野球チームを結成し、佐伯はセカンドを守っていた。そのチームのエースピッチャーが灘中灘高時代、鈴木と同学年だった講談社の山中武史だ。佐伯のことを可愛い後輩だと語る。

「OPJはオパンティーズジャパンの頭文字をとったふざけたチーム名でしたね。その中でも佐伯はお笑い担当キャラでした。それぞれユニフォームの背に登録名をアルファベットで張りつけていて、英敬はAK、佐伯はDHCでした。デブ・禿げ・チビの自虐ネタで盛り上げる。話も上手いし、自分自身が一歩下がって相手を立てる。そういうところが安倍さんに気にいられたのかもしれませんね」

マスクは「佐伯らしい発想」

エリート街道を歩んできただけに、政財官の友人も多い。17年の衆院選で立憲民主党から出馬した公認会計士の前田順一郎(現在は日本維新の会所属)は、東大教養課程で同じ語学クラスだった。こう振り返る。

「クラスの1つ上があの豊田真由子さんで、仲間や周囲には目立つ存在も多かったけど、佐伯君はリーダーシップを発揮するようなタイプではありませんでした。ただ、関西弁で落語家のようなすごくユニークな発言をし、面白いアイデアを出す。だからマスクの話を聞いたとき、彼らしいな、とは思いました。でも、学生のときなら彼が提案しても、なに言ってるんだよ、と皆から退けられるタイプ。仮にわれわれに布マスクを配ろうと提案されても採用しなかったでしょうね」

旧友たちはそろって佐伯のキャラクターを慈しみ、誰もが官邸で強権を振るう姿なんて想像できないと話した。鈴木が知事を務める三重県は隣の和歌山県と並び、いち早くコロナを抑え込み、今ではマスクも十分足りている。敢えて後輩に苦言を呈した。

「彼が(マスクの件で)経産省の先輩を厳しく責めたという報道を見ましたが、20年近い付き合いの中で彼が声を荒げた姿を見たことがありません。一方、僕も36歳で知事になり、彼は42歳で総理秘書官になりました。とくに若くして強い権限を持つ立場になれば、一挙手一投足に注意しなければなりません。政権を維持するプレッシャーもあるでしょうが、そこは気をつけなあかんと思います」

佐伯はひといちばい優秀な頭脳を持ちながら、決してそれをひけらかすような真似をしなかったという。東大卒のキャリア官僚に囲まれている首相にとって、あの風貌で関西弁の落語家のような佐伯は、心を許して付き合える憎めない相手なのかもしれない。

その佐伯本人は、学生時代から仲間内で脇役のピエロを演じてきた。脇役が秘書官として首相の絶大な信頼を得たとき、誰もがひれ伏すようになった。そんな心地よさを感じているのではなかろうか。

それでいて政策の発想は、草野球のときと同じように軽い。首相と星野源とのコラボ出演もまた、佐伯のアイデアとされる。コロナ禍にあって、自宅で犬と戯れる優雅な首相の動画もまた、世の顰蹙を買った。

放置された不良品

おまけに準備不足のアベノマスクは不良品が続出する。従来、市販されているサージカルマスクは中国製であれ、ベトナム製であれ、日本の会社が検品した上で納入する仕組みになっている。だが、アベノマスクはスピードを重んじるあまり、検品もせずに配ってしまった疑いが濃厚だ。

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