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小説「観月 KANGETSU」#44 麻生幾

第44話
合同捜査(4)

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 一瞬、砂川に向けて咎(とが)めるような表情を作った萩原だったが、小さく頷いた上で、自らそのこと説明し始めた。

「実は、恭子から聴取を行うために、我々が真田宅に出向いた時のことなんですが、彼女が、さきほどのカレンダーを、我々の目から隠す真似をしたんです」

「隠す?」

 怪訝な表情でそう言った正木は涼と視線を交わした。

 萩原が続けた。

「しかも、近所の聞き込みから、真田和彦が殺害された、その一報が警察から恭子に電話で伝えられた直後くらいに、真田家の庭から焦げ臭さが漂い、彼女が庭で何かを燃やしていたようだ、という証言を得ています」

「それで?」

 正木が訊いた。

「いえ、すぐにその臭いは消えたらしく──」

「それについて恭子は?」

 涼が思わず訊いた。

「カレンダーのことも、何かを燃やした、ということも、それらをすべて否定しています」

 答えたのは砂川だった。

「否定は、真実を生む──」

 正木が静かに言った。

「まさしく──」

 萩原がそう言って大きく頷いた。

「萩原さん、今度はこちらから提案があります」

 正木の言葉に、萩原は黙って力強く頷いた。

「お互いの手の内を明かし、最初から、二つの事件を再検討しちみませんか?」

「ちょっと待ってください、正木さん!」

 涼が慌てて続けた。

「熊坂久美の事件は、第1容疑者が田辺智之であるこたあすでに──」

「もちろん」

 正木が遮った。

「田辺智之が本犯(ほんぱん)である可能性は高え。しかし、こん二(ふた)つん事件は、どうも、根っこの深い部分が繋がってるような感じがずっと拭(ぬぐ)えん。少なくとも、そこへ我々の視線は届いちょらん気がする。やけん、そん“根っこ”の正体は何であるかを絶対に見つけなならん」

「根っこの部分?」

 眉間に皺を刻んで萩原が訊いた。

「そうです」

 正木が語気強く答えた。

「我々も大いに興味があります」

 萩原の目が輝いた。

別府総合病院

「田辺智之が突き落としたんかどうか、正確には分からん、今更そう仰るんですか!」

 黒木亜美(くろきあみ)巡査長と名乗った若い女性刑事は驚いた表情で言った。

「なんかなし(とにかく)説明をしてください」

 磯村(いそむら)巡査部長と自己紹介した年配の男性刑事が落ち着いた声で言った。

「ですから、今、申し上げました通り、誰かに後ろから押されたこと、それは間違いありません。そして、私の後ろには、彼しか、つまり田辺さんしかおらんかったんも事実です。ですが、田辺さんが自分を押した、その瞬間は見ちょらんちゅうことです」

 七海はできるだけ正確な表現で説明した。

 黒木刑事が身を乗り出したのを身振りで制した磯村刑事が口を開いた。

「背中を押される前、田辺智之の声は聞きましたか?」

 磯村刑事が穏やかな口調で尋ねた。 

「ええ」

 七海は頷いた。

「どんな言葉を?」

 磯村刑事が訊いた。

「ぶっ殺してやる、そんな……ような言葉を……」

 磯村刑事は黒木刑事と顔をつきあわせて大きく頷きあった。

「ご足労やけんど、やっぱし、警察署へ来ち頂くことになります。ここでの治療はいつまで続きますか?」

「いつまでと言われても……」

 七海が戸惑っていると、ちょうど治療に当たってくれた男性医師がカーテンの後ろから姿を現した。

 医師は2人の刑事にちらっと視線を送っただけで七海に近づいた。

(続く)
★第45話を読む。


■麻生幾(あそう・いく) 大阪府生れ。作家。1996年、政府の危機管理の欠陥を衝いたノンフィクション『情報、官邸に達せず』を刊行。日本の危機管理をめぐる“真実”を小説で描いている。オウム事件など内外の事件を取材したノンフィクション作品も。主な小説に、『宣戦布告』『ZERO』『ケース・オフィサー』『外事警察』『奪還』など。「宣戦布告」「外事警察」などが、映画化、ドラマ化され反響を呼んだ。ノンフィクション作品に、『極秘捜査-警察・自衛隊の「対オウム事件ファイル」-』『前へ!-東日本大震災と戦った無名戦士たちの記録』などがある。※この連載は、毎週日曜と不定期平日に配信します。
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